291 立ち稽古が始まった! と喜んだものの……?


 読み合わせを何回か繰り返して流れを掴み、全員が台詞をほとんど覚えた頃に、『白鳥の湖』の練習は次の段階、立ち稽古へと進んだ。


 生徒会室のそばの空き教室でシーンごとに実際の動きや位置を確認しながらの練習だ。


 読み合わせみたいに台詞を聞くだけじゃなく、動きもあるイゼリア嬢のオデット姫が見られる! と喜んでいたのに……。


 世間はそんなに甘くなかった。


 文化祭の取りまとめもしないといけない生徒会は、劇の練習だけに全力を注げるわけじゃない。


 参加するクラブやクラスの調整や、備品や消耗品の手配。それにセレブが通う聖エトワール学園の文化祭は招待状がないと入れないため、招待状やプログラムの印刷発注などあれやこれやの事務仕事がある。


 文化部長であるクレイユが頑張ってるけど、とてもじゃないがひとりでさばける仕事量じゃない。


 っていうか、クレイユに任せてたら、ひとりだけで抱え込んで倒れるのは予想がつくしなっ!


 実際、二学期が始まった途端、そうなりかけてたっていう前科持ちだし!


 そのため、クレイユが司令塔となりつつも、生徒会メンバー全員であれこれ作業にあたっているのだ。


 というわけで、立ち稽古をするシーンに登場しない面々は、生徒会室で事務作業をすることに決まったのだが……。


 くそ――っ! やっぱりジャルディンさんにお願いして、オデット姫とオディールが一緒に登場するシーンをもっともっと増やしてもらったらよかった……っ!


 なんでオデット姫とオディールは、一緒に登場するシーンがほぼないんだよっ⁉


 おかげで、すぐそばの部屋でイゼリア嬢が演技をなさっているっていうのに俺は見学してときめくどころか、ヴェリアスやクレイユと一緒に事務作業をしなきゃいけねぇじゃねーか……っ!


 クレイユもヴェリアスも、理事長である姉貴もいるせいか、無駄なケンカはせずに真面目に作業に取り組んでくれてるのが、不幸中の幸いだけど……っ!


 それともアレかな? リオンハルトとディオスがヴェリアスに、エキューがクレイユにそれぞれ「最初の読み合わせの時みたいに、ふたりでケンカして迷惑をかけたら承知しない」ってじっくり言い聞かせてくれたおかげかな……?


 ともあれ、ほんっと残念すぎる……っ!


 シーンごとの稽古の目途がある程度ついたら、今度は通し稽古に変わるから、その時はじっくりばっちりしっかりイゼリア嬢の麗しのお姿を見られるけど……っ!


 ああっ! 今から通し稽古が楽しみで仕方がないぜ……っ!


 王宮御用達服飾店『プロープル・デュエス』のデザイナーであるジョエスさんが、大きな箱を抱えた従業員のお姉さん達を引き連れ、放課後、生徒会室を訪ねて来たのは、そんな風に俺が我が身の不幸を噛みしめながら、ヴェリアスやクレイユの悪役組で事務作業をしていたろある日のことだった。


「ジョエスさん? どうしたんですか?」


 小首をかしげて尋ねた俺に、


「ハルシエル様! 今日もとってもお可愛らしいですわね!」


 と笑顔でさらりとお世辞を口にしたジョエスさんが、恭しく一礼する。


「お待たせいたしました。皆様の衣装のイメージが固まりまして、試作品ができましたのでお持ちしたのでございます。リオンハルト殿下はどちらにいらっしゃいますでしょうか?」


 「殿下」という呼称に、そういやリオンハルトは第二王子様だったと改めて思い出す。ジョエスさんだって。王宮御用達服飾店のデザイナーさんだもんなぁ……。


「リオンハルト先輩でしたら、今は別室で立ち稽古をされてますけれど……」


 そういえば、今日はお客が来るよとリオンハルトが言っていたと思い出す。


 そうか、お客様っていうのはジョエスさんだったのか……。


 っていうか、衣装の試作品って!


「ということは、オデット姫の衣装もその中に入っているんですか⁉」


 ジョエスさんの後ろに控えたお姉さん達が持つ大きな箱に熱い視線を注ぐ。


 うわ〜っ! どんなのだろう⁉ いや、イゼリア嬢お召しになられたら、どんなドレスであろうと、天上の女神よりお美しいに決まってるけどっ!


「ちょっと待っていてくださいね! すぐにリオンハルト先輩達を呼んできますからっ!」


 ヴェリアスとクレイユが止めるよりも早く、さっと廊下に出る。

 呼びに行くついでに、イゼリア嬢の練習姿も見るんだ〜っ!


「あのー、練習中、失礼します……」


 イゼリア嬢達が立ち稽古をしている空き教室の扉をノックし、そぅっと押し開ける。


 部屋の中では、ちょうどリオンハルトとイゼリア嬢が手を取り合って見つめあっているシーンの練習中だった。


 役に入り切っているのだろうイゼリア嬢のまなざしは、見ている俺の胸まで締めつけるような切なさに満ちていて、感動のあまり涙腺が緩みそうになる。


 さすがイゼリア嬢! 名女優ですっ! 脳内の全俺がスタンディングオベーションしておりますっ!


 くそ〜っ! うらやましすぎるぞリオンハルト! イゼリア嬢にそんな熱いまなざしで見つめられるなんて……っ!


 そこ代われっ! いや、代わってくださいお願いしますっ!


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