279 脳内設定の憎まれ役は……。


 微妙な沈黙が続く中、こらえきれないように吹き出したのはクレイユだ。


「ぶ……っ! ヴ、ヴェリアスが憎まれ役……っ! ぶくくくく……っ!」


 クレイユが珍しく、肩を震わせて笑い続ける。


「クレイユ……。笑っちゃ悪……、ぷっ」


 いさめようとしたエキューまで、クレイユの笑いがうつったのか、途中で吹き出す。


 はあぁっ、と大きなため息をついたのはディオスだ。


「ヴェリアスはふだんからハルシエルに迷惑をかけてるからな。自業自得だ」


「確かに、ディオスの言葉を否定はできないね……」

 リオンハルトまでもが苦笑を浮かべてディオスの言葉に同意する。


「オルレーヌさん。あなた、失礼すぎではありませんこと?」


 唯一、イゼリア嬢だけがアイスブルーの瞳を細めて苦言を呈する。


 ヴェリアスみたいな傍迷惑なヤツにまで温情をかけられるなんて……っ! やっぱりイゼリア嬢の心根は天使そのものですっ!


「そ、そんな……っ! オデット姫に憎々しげに接するハルちゃんのオディールの演技は迫真だったけど……。脳内で思い描かれていたのがオレだなんて……っ」


 俺の言葉にか、それともイゼリア嬢を除いた周りの追撃にか、ヴェリアスが ずぅぅん、という効果音が聞こえそうな様子でヴェリアスががっくりとうなだれる。


「……ねぇ。オレ、泣いてもいい……?」


「えーとあの、ヴェリアス先輩……?」


 さしものヴェリアスでも、さすがにショックだったんだろうか。

 まさか、泣きたいとまで言いだすなんて……。


 悄然しょうぜんと肩を落とすヴェリアスに思わずおろおろと声を上げると。


「もちろん、泣くときは胸を貸してね♪ ハルちゃん♪」


「未来永劫お断りですっ! ひとりで勝手に泣いててくださいっ!」


 不意に顔を上げ、ウインクしたヴェリアスに思いっきりツッコむ。


 おーまーえーはぁ――っ! 一瞬でも心配した俺の気持ちを返せっ! 思いっきり損した気分だよっ!


「えぇ〜っ! ハルちゃん、冷たすぎない〜?」


「いえ、どう考えても真っ当な反応でしょう」

 口をとがらせたヴェリアスに、クレイユがすかさず冷ややかに返す。


「ハルシエル嬢の胸を借りたいなど……。どう考えても不埒ふらちな目的があるとしか思えませんね」


 唾棄だきするようなクレイユの声音に、「へえぇ〜」と、ヴェリアスの紅い瞳が不穏に細まる。


「そーゆー考えが思い浮かぶクレイユこそ不埒じゃないの?」


「っ! ろくでもない言いがかりはやめてくださいっ!」


 息を飲んだクレイユが刺すような視線でヴェリアスを睨み返す。


 ヴェリアスの紅い瞳とクレイユの蒼い瞳の間で、ばちばちと火花が弾ける。


 ちょっ!? なんで急にヴェリアスとクレイユが一触即発な雰囲気になってんだ!?


「二人とも、急にどうしたんですか!? そもそも、天地がひっくり返ったって、私がヴェリアス先輩に胸を貸すわけがないでしょう!? 借りるんだったら、リオンハルト先輩かディオス先輩に借りてくださいっ!」


「わたしがかい?」

「え? 俺が?」


 俺の言葉に、リオンハルトとディオスが虚を突かれた声を出す。


 クレイユを睨みつけていたヴェリアスが、視線を外すと不満げに唇をとがらせた。


「なんで男なんかの胸を借りなきゃいけないのさ。男同士で胸を貸しあっても、楽しくもなんともないじゃん!」


 いやっ、そんなことはないから! そばで聞いてる姉貴の顔が、腐妄想に緩んで、とんでもないことになってるから! 俺を巻き込まずにイケメンどもで仲良くしてろっ!


 っていうか、俺だって男だっての――っ! ヴェリアスに胸を貸すような事態、断固断るっ!


「そもそも、ヴェリアス先輩はぜんぜん傷ついた様子じゃないですかっ!」


 どうせさっきのうなだれてたのも演技だろっ!


 思いっきり突っ込むと、ヴェリアスが「えぇぇ~」整った面輪を哀しげにしかめた。


「そんなワケないじゃん。可愛い後輩にオディールがオデット姫に当たるみたいに憎まれてたなんてさ……。さしものオレでも、まったくショックを受けてないと思う?」


「う……っ、それは……」


 紅い瞳に真っ直ぐに見つめられ、口ごもる。


 いくらヴェリアスが毎度毎度毎度っ! うるさくてウザくてほんっと余計なコトしか言わなくて、トラブルメーカーだとしても……。


 憎まれ役として脳内設定していた当人です、なんて面と向かって言われたら、確かに傷つくだろう。


 イゼリア嬢に尋ねられた嬉しさで、よく考えずに口に出しちゃったけど……。失敗したかもしれない。


 己の軽率さを詫びようとすると。


「まぁでも♪」

 不意に、ヴェリアスがにぱっと明るい笑顔を見せた。


「つまり、ハルちゃんは演技中だってオレのことを思っちゃうくらい、オレの存在が心の中におっきく刻みつけられてるってコトだよね~♪ もおっ、ハルちゃんってば素直じゃないんだから~♪ オレのことがそんなに気になるんなら、そんな遠回しに伝えなくったって、正面から言ってくれていいんだぜ~♪」


「違いますよっ! いったい、どんなおめでたい解釈をしたらそういう思考になるんですかっ!」


 心の底から思いっきり突っ込む。


 やっぱりコイツ、頭のネジが数本どころか、数十本飛んでるにちげぇねぇ……っ!


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