280 姉様、何かいいことがあったの?


「姉様、何かいいことがあったの? 今日は昨日までとは打って変わって元気みたいだね」


 夜、夕食もお風呂も終わり、後は自室に帰って寝るばかり、という状態で廊下をるんるんと鼻歌を歌いながら歩いていた俺は、次にお風呂に入るロイウェルと出くわした。


 俺の様子を見たロイウェルが笑顔で尋ねてくる。


「ええっ! 黒鳥オディールの演技を読み合わせて褒めていただけたの!」


 脳裏に『今日のオルレーヌさんの演技は前回の読み合わせより、ずっとうまくなってらっしゃったと、認めてさしあげなくもありませんわ』と述べたイゼリア嬢のお声が甦る。


 イゼリア嬢に認めていただけるなんて……っ! 幸せすぎる~っ!


 しかもしかもっ! このあと部屋に戻ったら……っ!


「姉様っ!? どうしたのっ!?」


 思わず、うぇっへっへっへっへ……っ! と笑いそうになった俺は、ロイウェルのあわてふためいた声に、あわてて表情を取りつくろう。


 あぶねぇあぶねぇ……っ! うっかりロイウェルの前だってことを忘れて、歓喜がだだもれになっちまうところだったぜ……っ!


「そ、その……。生徒会の面々に褒めていただいたことが嬉しくて、思い出すとつい顔が緩んでしまって……っ」


 うふふふふ、と笑ってごまかす。


 いやまあ、イゼリア嬢にさえ褒めていただけたら、イケメンどもはどうだっていいんだけどっ!


「そっかぁ! よかったねっ、姉様!」


 ロイウェルが天使の笑顔で一緒に喜んでくれる。


 くぅぅっ! ロイウェルってばもう! なんて可愛い弟なんだっ!


 イゼリア嬢がいらっしゃるこの世界に転生できたのは感謝しかないけど、こんな可愛い弟ができたことも神様に感謝しないとなっ!


 前世では横暴腐女子大魔王にさんざんしいたげられていたし……。


 いや、横暴腐女子大魔王にいいように使われてるのは、今世でも変わんないけどなっ! 

 むしろ、横暴さが百倍増しだしっ!


 それでも俺は、イゼリア嬢さえ存在してくださったら、イケメンどものちょっかいなんて何のそのっ! 強くたくましく雄々しく生けていける……っ!


 そうっ! だから今日は一刻も早く、とっておきのイゼリア嬢成分を……っ!


「そういえば、お父様に買っていただいたカセットデッキは役に立ったの?」


「ええっ! とっても!」

 ロイウェルの問いかけに間髪入れずに大きく頷く。


「今日、さっそく読み合わせを録音させていただいたの! これから部屋でじっくりたっぷり聞こうと思って……っ!」


「そうなんだ~っ! ぼくも聞いてみたいなぁ」


「そ、それは……っ!」

 ロイウェルの言葉に瞬時に顔が凍りつく。


 そ、それだけは……っ! 絶対だめだぁ――っ!


 だって、イゼリア嬢のお声を聞くんだぜっ⁉ そんなの、絶対に理性が崩壊するに決まってる……っ!


 イゼリア嬢に萌えに萌えまくっている姿を『姉様、姉様』と慕ってくれてるロイウェルには見せらんねぇ……っ!


「だめなの?」


 しゅん、と哀しげに眉を下げたロイウェルに頭をフル回転させる。


 考えろ、俺……っ! ロイウェルを傷つけない何かうまい言い訳を……っ!


「ほ、ほらっ! ロイウェルもお父様やお母様と一緒に文化祭に来てくれるんでしょう⁉ まだ練習を始めたばっかりだし、せっかくなら本番を最初に見てほしいから……っ!」


「そっかあ。確かに姉様の言う通りだね! じゃあ、本番を楽しみにしてるね!」


 早口で告げた俺の言葉に、ロイウェルが素直に頷く。


 よかったぁ――っ! すんなり納得してくれたーっ! そんな素直なところも好きだぜ、ロイウェル!


「それに、ロイウェルはこれからお風呂でしょう? お湯が冷めてしまうから行ってらっしゃい」


「はあい」


 素直に返事したロイウェルだが、動こうとはせず、じっと俺の顔を見つめてくる。


 何だっ⁉ 姉のハルシエルの中身がほんとはイゼリア嬢に萌えに萌えまくってる男子高校生だと気づいちゃったか⁉


「あの、ね……」


 緊張に凍りつく俺を見つめながら、ロイウェルが遠慮がちに口を開く。


「姉様が出る『白鳥の湖』を見るのはとっても楽しみだけど……。無理はしないでね」


「ロイウェル……っ!」


 ごめんなっ! ここ数日、へこんでて心配をかけてて!

 でももう大丈夫だからっ!


「ありがとう、ロイウェル! いっぱい心配させてしまってごめんなさいね。でも、もう演技のコツは掴んだから! 後は練習あるのみよ!」


「でも、無理しすぎちゃ嫌だよ?」


 ロイウェルがすがるように手を伸ばして、俺のパジャマの端っこをきゅっと掴む。


 かっわいぃ~〜〜っ!

 ナニこの可愛い弟っ! 天使っ⁉ それとも妖精さんっ⁉


 エキューも男子高校生とは思えないくらい可愛いけど、ロイウェルの可愛さは破格だぜ……っ!


「わかった。無理しないって約束するわ」


 にっこり笑って小指を立ててロイウェルに差し出すと、パジャマを放したロイウェルが俺の指に小指を絡めた。


「うんっ! 指切りげんまんだよ!」


 おなじみのフレーズを歌ったロイウェルが「指きった!」と小指を外す。


「じゃあ、お風呂に行ってきます!」

「ええ、行ってらっしゃい」


 階段を降りていくロイウェルを見送ってからハルシエルの部屋に入る。


 は〜〜っ! ほんっとロイウェルは可愛いなぁ。癒やしだぜ。


 けど、俺の何よりの癒やしであり活力の源は……っ!


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