276 演技の練習のために……っ!
「あのっ! ひとつ提案があるんですが、よいでしょうか!?」
ディオスやエキューと一緒に向かった生徒会室。
姉貴も含めた全員がソファにつき、読み合わせを始めようとするところで、俺は緊張しながら口を開いた。
「提案? 何かな?」
穏やかに微笑んだリオンハルトが俺をうながす。
くそーっ、リオンハルトめ! 今日もイゼリア嬢のお隣に座りやがって……っ!
可能なら、今すぐ俺と替われと提案したい! じゃなくて……っ!
「あのっ、演技の練習のために、読み合わせを録音させてもらえませんか!?」
「録音? 録音したからといって、オルレーヌさんのあの演技がうまくなるものですの?」
イゼリア嬢が細い眉をいぶかしげにひそめる。俺はイゼリア嬢に向き直ると深々と頭を下げた。
「前回の読み合わせでは、ご迷惑をおかけして、大変申し訳ありませんでした……っ! その、それで知り合いの舞台女優さんから教えてもらった方法なんですけれど……」
「舞台女優? ハルシエル嬢、きみは脚本家だけじゃなく舞台女優にまで知り合いがいるのか?」
クレイユが感心したというより、呆れた様子で冷ややかに問いかける。
「ええまあ、脚本を書いてくれた方の……。って、今はそれはどうでもいいじゃないですか! とにかく! その方に教えていただいたんです!」
俺はアリーシャさんに言われたことを思い返しながら、必死で説明する。
「演技をしている時は、演技に集中してしまうから、なかなか自分の
がばりと頭を下げた俺の耳に、リオンハルトの柔らかな声が届く。
「どうやら、前回の読み合わせのあとの意見交換会で、きみにかなりの心労をかけてしまったようだね。すまない、ハルシエル嬢。謝るべきはわたしだよ」
「そんなっ! リオンハルト様が謝られる必要なんてございませんわ! 前回のオルレーヌさんの演技が下手だったのはまぎれもない事実ですもの!」
リオンハルトをフォローしようとするイゼリア嬢の言葉が、ざっくりと俺の心を切り裂く。
さすがイゼリア嬢! そんな真っ正直なところも素敵です!
俺はイゼリア嬢の言葉に大きく頷く。
「イゼリア嬢のおっしゃる通りです! ですから、自分の演技を客観的に聞いて、少しでも上達することができればと……っ!」
「へ~っ♪ ハルちゃんったらやる気だね~♪ オレはいいアイデアだと思うけど?」
「向上心が強いところはハルシエル嬢の美点ですね。わたしはいい案だと思います」
ヴェリアスとクレイユが同時に口を開き、同時だったことに気づいて、お互いに顔をしかめる。
穏やかに微笑んで口を開いたのは、俺の隣に座るディオスだ。
「俺とエキューも生徒会室へ来る前にハルシエルから話を聞いたんだが、せっかくハルシエルがやる気になっているんだ。俺も賛成だよ」
「もちろん僕も!」
ディオスの逆隣に座るエキューが「はーい!」と元気よく手を挙げる。イゼリア嬢が戸惑った声をこぼした。
「でも、録音するにしても機材が……」
「大丈夫ですっ! ちゃんとカセットデッキも持ってきました!」
イゼリア嬢の言葉に、鞄の中からがさごそとカセットデッキを取り出す。ランウェルさんとマルティナさんに買ってもらったばかりのものだ。
……ほんとはカセットデッキを買わなくても、シノさんのビデオカメラがあるんだけどなっ! 今も絶対にどこかで隠し撮りしてるに決まってるし……っ!
カセットデッキを見たイゼリア嬢が、呆れたように吐息する。
「そこまで用意しているなら、よろしいんじゃありませんの? オルレーヌさんの下手な演技のせいで、生徒会の劇のクオリティが下がっては、末代までの恥になりますもの!」
「ありがとうございますっ! イゼリア嬢!」
いゃったぁ――――っ! と万歳三唱して飛び上がりたい気持ちを、理性を総動員してこらえる。
イゼリア嬢のご許可が出て、読み合わせを録音させていただけるということはっ!
これからはカセットデッキさえあれば、家でもどこでもイゼリア嬢の麗しのお声を聞き放題ってことだぜ――っ!
アリーシャさんっ!
まさか、隠し撮りじゃなく合法的にイゼリア嬢の美声を録音できる日がくるなんて……っ!
ビバ文化祭! ビバ『白鳥の湖』! これで脳内リフレインじゃなくてテープがすり切れるまでイゼリア嬢のお声を聞き続けられます……っ!
あっ! ちゃんとその前に保存用と、ふだん拝聴する用の予備を何十本とダビングしとかなきゃっ! いや~っ、持ち運びには難ありだけど、ダブルデッキにしておいてほんとよかった! 買ってくれたランウェルさん、ホントありがとうございますっ! 俺、今日からこのカセットデッキを毎晩抱きしめて眠りたいくらいですっ!
イゼリア嬢のお声が入ったカセットデッキを抱きしめて眠るなんて……っ!
……もうそれ、間接的にイゼリア嬢と同衾してるって言えるんじゃね?
ぎゃ――っ! そんなの
ん? いやでも女の子同士ならパジャマパーティ的なノリでOKになる!?
いやでもやはり畏れ多すぎる……っ! どうする!? 部屋に神棚でも作って
「ハルシエル嬢、どうしたんだい? 操作方法がわからないのかな?」
脳内で妄想が大爆発していた俺は、リオンハルトの声にはっと我に返る。
「あっ、いえっ! 大丈夫です! じゃあ、さっそく録音してよいですか?」
前世でもカセットデッキなんてレトロなものはさわったことがないけど、ボタンの数も限られているしすぐにわかる。
ちゃんと新品のテープもせっと済みだしな!
「では、行きます!」
俺は抑えきれぬ喜びとともに、カチッと録音のボタンを押した。
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