275 折り入ってのお願い


「どうしたの、ハルシエルちゃん? 何かいいことでもあった?」


「あっ、エキュー君!」


 放課後、生徒会室へ行こうとしていた俺は、階段のところでばったりエキューと出会った。


 軽やかに駆け寄ってきたエキューが、俺の顔を覗きこむようにこてん、と首をかしげる。蜂蜜みたいな金色の髪がさらりと揺れた。


「すごくご機嫌だねっ! ハルシエルちゃんの顔を見てると、なんだか僕まで笑顔になってきちゃう!」


 にぱっ、とエキューが愛らしい笑顔を見せる。


 何この可愛すぎる男子高校生……っ! はぁ~っ、ほんとにエキューは癒し系だなぁ~。


「えへへ、ご機嫌だってわかっちゃう? そうなの! とってもいいことがあったの!」


 告げる声が無意識に弾む。


 自分の顔がこの上なくにやけているだろうというのは、鏡を見なくても想像がつく。家でも、弟のロイウェルや家族に、「何があったの!?」っていっぱい驚かれたもんな……。


 シャルディンさんとアリーシャさんに相談に乗ってもらうまで、家でもずーんと沈んでたから、驚かれるのも当然だけど……。


 でも、おかげで「ハルシエルに必要なものなら」って言って、アレを買ってもらえたからな! 万々歳だぜっ!


「ハルシエルちゃんがそんなにご機嫌ってことは……。もしかして、黒鳥オディールの演技の悩みに、解決のヒントが見つかったの!?」


 俺の様子を見ていたエキューが、期待に満ちた声を上げる。


「うん。その、脚本を書いてもらった人に相談に乗ってもらって……」


 こくりと頷いた瞬間。


「そうなんだっ! よかったねっ、ハルシエルちゃんっ!」

 一歩踏み出したエキューに、ぎゅっと両手を握られる。


 ちょっ! エキュー! 近いっ、近いってば!


 身を引こうとするも、女の子みたいに可愛い顔とは裏腹に、握りしめた手は力強くて振りほどけない。何より。


「よかったぁ……。前回の意見交換会の後、ハルシエルちゃん、かなり沈んでたから、心配してたんだ……」


 心から俺を心配してくれていたことがわかる真摯な声で告げられ、邪険にできなくなる。


「エキュー君、ごめんなさい。いっぱい心配をかけちゃったみたいで……」


 しゅん、と肩を落としてわびると、「とんでもない!」とエキューがふるふるとかぶりを振った。


「ハルシエルちゃんの悩みが晴れて、本当によかったよ。ハルシエルちゃんが黒鳥オディールの演技に悩んでいるのはわかってたんだけど、僕も演技がうまいわけじゃないから、相談にものれなくて、ただ早く解決するようにと祈ることしかできなくて……」


 愛らしい面輪を切なげにしかめたエキューが、俺の手を握る両手にきゅっと力をこめる。


「ハルシエルちゃんの力になれない自分が、情けなくて仕方がなかったんだ」


「とんでもないわ! そんな風に言わないで! 心配してもらえただけで、嬉しすぎるもの!」


 ううっ、エキューってば、なんていい奴なんだ……っ! 見た目だけじゃなくて、心の清らかさまで天使だぜ……っ!


「……正直な気持ちを言うと、僕以外の男の人がハルシエルちゃんを助けたなんて、悔しくて仕方がないけれどね」


「ん? なあに?」


 エキューの低い呟きが聞こえず、小首を傾げると、


「ううん。何でもないんだ」

 とかぶりを振られた。


「それよりも、ハルシエルちゃんがそんなに笑顔になるなんて。よっぽど素敵なアドバイスをもらったんだね!」


「そうなの! 本当に素晴らしいことを教えていただいて……っ!」


「へ~っ! そうなんだ。ハルシエルちゃんの悩みを一発で消しちゃうなんて、どんなアドバイスか気になるな。僕にも教えてもらっていい?」


 エキューの言葉に、脳内で目まぐるしく考えを巡らせる。


 アリーシャさんにいただいたアドバイスは、絶対に実行したい。


 けど、万が一、反対される可能性を考えると、今のうちにエキューの同意を取っておくのはいい手のような気がする。


 俺ひとりの提案なら反対されるかもしれないけれど、エキューも賛成だと言えば、きっと他の面々も「うん」と言ってくれるに違いない!


「あのね、エキュー君。アドバイスについてなんだけれど……」


 賛成してもらえるかと不安に思いながら、手を握ったままのエキューを見上げると、なぜかエキューの頬がうっすらと染まった。


「私、エキュー君に折り入ってお願いがあるの……」


「えっ!? 僕に折り入って!? 何っ!? ハルシエルちゃんのお願いなら、僕なんでも聞いちゃうよ!」


 エキューが食い気味に即答する。


「ほんとっ!? ありがとう、エキュー君! あのね……」


 じっとエキューの目を見つめ、俺は願いごとを口にしようとしたところで。


「どうしたんだ? 二人とも。階段の下で立ち止まって」


 不思議そうな声とともに姿を現したのはディオスだ。


 と、俺とエキューが両手を握り合って見つめ合っているのに気づいたディオスが、早足に寄ってくる。


「何があったんだ?」


「えーと、その……」


 エキューがぱっと手を放したので、一歩退き、ディオスに向き直る。


 よし、ついでにディオスにもお願いをしよう! と口を開くより早く。


「ディオス先輩! ハルシエルちゃんがオディールの演技の悩みが解決したそうなんです!」


 エキューが満面の笑みでディオスに告げる。


「それで、願いごとがあるそうで……」


「願いごと?」

 ディオスが凛々しい眉を寄せる。


「願いごととは何だ、ハルシエル? きみの願いだというのなら、俺も力の及ぶ限り叶えてみせよう」


「えっ! ほんとですか!?」


 ディオスの申し出に思わず弾んだ声が飛び出す。


「エキュー君だけじゃなく、ディオス先輩にもそう言ってもらえるなんて、心強いです!」


 喜色に満ちた声を上げると、なぜかエキューがしょぼんと肩を落とした。


「えぇぇ……。お願いって、僕にだけじゃなかったんだ……」


「……? 『白鳥の湖』の劇についてのお願いだもの。生徒会メンバー全員にするつもりだったんだけど……?」


「……エキュー、その……。なんかすまん……」

 ディオスが気まずそうにエキューに謝る。


 なんでディオスがエキューに謝る必要があるんだろう……? ま、いいや。それよりも!


「それでですね! お願いというのは……っ!」


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