271 オムライスなんて子どもっぽいでしょうか……?


「アリーシャとはここで待ち合わせをしていてね」


 と、シャルディンさんが俺を連れて行ってくれたのは、先日、一緒にお茶をしたアンティークな雰囲気の喫茶店だった。

 『コロンヌ』と同じ商店街の中にあるので、徒歩五分もかからない距離だ。


「アルバイトが終わったばかりでお腹が減っているだろう? よかったら何か食べないかい? というか、わたしもお腹が空いているから、つきあってもらえると嬉しいな」


 シャルディンさんが俺が遠慮するのを見越したかのようにそう言いながらメニューを開け、俺に差し出す。


 そんな風に言われたら、遠慮するほうが何だか悪いよう気持ちになってくる。


 さすがシャルディンさん! なんてスマートな……っ! 俺もこんな風に余裕のある素敵な大人になりたいなぁ……。


 いやっ、なってみせる! イゼリア嬢に釣り合うようになるためにっ!


「じゃあ、この鶏とほうれん草のクリームソースのオムライスを……」


 メニューに目を通し、一番心惹かれた料理を注文する。


 ケチャップライスにクリームソースがかかってるオムライスって、好きなんだよなぁ~。


「オムライスだね、わかったよ」


 微笑んで頷いたシャルディンさんが品よく片手を上げて店員さんを呼び止め、俺の分のオムライスと、自分の分のビーフシチューを注文する。


「オムライスなんて、子どもっぽいでしょうか……?」


 柔らかなシャルディンさんの笑みに、単なる愛想笑い以上の感情がこもっていた気がして、なんだか恥ずかしくなる。


「いや、違うんだ。その……。甥っ子の小さい頃を思い出して、微笑ましくなってね」


 シャルディンさんがあわてたようにかぶりを振る。


「初めてオムライスを食べた時に、最初は見慣れない料理にかなり警戒していたんだけれど……。おっかなびっくりしながらも、ひとくち食べた途端、「おいしいですっ!」って輝くような笑顔を見せてくれて……。いやぁ、本当に可愛かったなぁ、あれは……」


 シャルディンさんが愛おしくてたまらないと言いたげに柔らかな笑みを浮かべる。遠くを見つめるようなまなざしには、抑えきれない愛情がこもっていた。


「それは可愛いでしょうねぇ」

 あふれだす愛情にあてられ、俺の口元まで思わず緩む。


「シャルディンさん、甥御さんがいらっしゃるんですね! シャルディンさんの甥御さんなら、きっと文句なしの美少年なんでしょうねぇ~。きっと可愛いんだろうなぁ~」


 満面の笑みで上品にスプーンを使いながら「おいしいですっ!」とはむはむオムライスをほおばるシャルディンさん似のちっちゃい男の子の姿がありありと想像できる。


 うんっ、可愛い! 絶対に可愛いに決まってる!


「どんな子なんですか? シャルディンさんみたいに穏やかな美少年なんでしょうか……? 会ってみたいなぁ。あっ! 年齢によっては、ロイウェルといいお友達になれるかもしれませんね!」


 前世からずっと腐女子大魔王という姉貴に虐げられてきたせいか、弟とか妹っていう存在には、無条件で親愛の情を抱いちゃうんだよなぁ……。


 ハルシエルの弟であるロイウェルだって、ほんと文句なしにいい子で可愛いし……! ロイウェルが弟になったことは、ハルシエルに転生してよかったことの数少ないひとつだよな!


「会ってみたい、か……」


 俺の言葉に、シャルディンさんが小さく笑みをこぼす。


 いたずらっぽいような、けれどもどこか苦みを帯びているような……。


「……自業自得で、わたしはもう十年近く会えていないけれどね。でもハルシエルちゃんは……」


「ごめんなさい、シャルディン。待たせちゃったわね。インタビューが長引いちゃって……。ってあら! ハルシエルちゃんまで! こんばんは、ハルシエルちゃん。今日も可愛いわねぇ~」


 不意に店内に華やかな声が響く。


 周囲の視線を一身に集めて、俺とシャルディンが座るテーブルへと颯爽と歩いてきたのは、秋らしいシックな色合いの装いに身を包んだアリーシャさんだ。緩く波打つ長い髪をサイドで結い上げているのが、大人の女性の色香をかもしだしている。


「こ、こんばんは、アリーシャさん……。いつでもお綺麗なアリーシャさんにそう言われたら、恥ずかしくなってしまいます……」


 顔が熱い。シャルディンさんが詰めて開けたスペースに優雅に腰かけたアリーシャさんに、俺はどきどきしながらぺこりと頭を下げて挨拶する。


 だって、外見はハルシエルでも、俺の中身は男子高校生だし! 綺麗な女優さんににっこり微笑まれて、どきどきしないほうがおかしいよなっ、うん!


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