249 誰か相談している人がいるのかい?


 ようやく俺の手を放したリオンハルトがイゼリア嬢に向き直る。


「違うんだよ、イゼリア嬢。迷惑どころか、ちょうどいま、ハルシエル嬢にお礼を言っていたんだ」


「リオンハルト様がオルレーヌさんにお礼……、ですの?」


 イゼリア嬢が信じられないと言いたげに細い眉を寄せる。リオンハルトがゆったりと微笑んだ。


「ああ。おととい、クレイユが文化祭の書類仕事をするために残っていたのを、ハルシエル嬢とエキューが手伝ってあげたそうでね。それで、お礼を伝えていたんだ」


 リオンハルトの言葉に、イゼリア嬢が「あら」と目をみはる。


「それでしたら、ぜひわたくしにも教えていただきたかったですわ。わたくしも喜んでお手伝いしましたのに……」


 さすがイゼリア嬢です! 天使よりも清らかでお優しいお心ですっ!


「エキュー様もオルレーヌさんもお手伝いなさったのなら、一年生で手伝えなかったのはわたくしだけ……。のけ者にされたようで哀しいですわ」


 しゅん、と肩を落としたイゼリア嬢に、あわてて弁明する。


「いえっ! エキュー君はもともと手伝う予定だったみたいですけど、私が手伝うことになったのはほんとに偶然なんです! たまたま忘れ物を生徒会室に取りに戻った時に、クレイユ君が残っているのに気がついて……」


「あら、忘れ物をするなんて、うっかり者のオルレーヌさんらしいこと」


「そうなんです! ですから、次に作業をする時は、ぜひイゼリア嬢も一緒にしましょうねっ!」


 呆れ顔のイゼリア嬢に、こくこくと頷いてお誘いする。


 放課後に一緒に残って文化祭の準備とか、すんごい青春っぽいよなっ! 俺にとっては、イゼリア嬢と一緒に過ごせるってだけでもう、この上ないごほうびだけど!


 さらには作業で遅くなって、イゼリア嬢のお車で送っていただけたりなんてしたら……っ! 嬉しくて舞い上がっちゃうぜ!


 俺の言葉に、イゼリア嬢のまなざしが険しくなる。


「もちろんですわ! あなたに言われずとも、手伝うに決まっているでしょう!?」


「さすがイゼリア嬢ですっ! そのお優しさ、ほれぼれしてしまいますっ!」


 心の底から褒めたたえたが、イゼリア嬢は険しいお顔をしたままだ。


「クレイユ様のことも気になりますけれど……。オルレーヌさん、あなた台本のほうはちゃんと進んでらっしゃいますの?」


「えっと、それは……」


 俺は思わず口ごもる。


 アレンジ部分は、ほぼシャルディンさんにお任せしちゃってるからなぁ……。配役のことも伝えたし、近々、台本を渡してくれるとは言ってくれているけれど……。


 でも、俺を心配してくださるなんて……っ! 俺のことを気にかけてくださっているっていうことですよねっ!?


 嬉しすぎますっ! イゼリア嬢はやっぱり天使ですっ!


 言い淀んだ俺に、イゼリア嬢がきっとまなざしを鋭くする。


「そんなに自信なさげだなんて、もしかしてろくに書けてませんの!? リオンハルト様とわたくしが主役を務める劇なのですから……。ちゃんとした台本でなければ承知しませんわよ!?」


「はいっ! イゼリア嬢がヒロインを演じてくださるんですもんね! 大丈夫ですっ! その重要さはじゅーぶんに! 骨身に染みるほど承知しております! その、すぐに答えられなかったのは、アドバイザーさんにアレンジをお願いしているからでして……っ」


 あわてて弁明すると、リオンハルトがいぶかしげに眉を寄せた。


「アドバイザー? 誰か、相談している人がいるのかい?」


「ええ、そうなんです。あ、ご安心ください! 私なんかより、ずっとずっと素晴らしい台本を書かれるかたですから! 絶対に素敵な台本ができあがると保証します!」


「そうは言っても、オルレーヌさんのお知り合いなのでしょう? 庶民であるオルレーヌさんに、そんな優秀なお知り合いがいるとは思えませんけれど……」


 俺の説明にも、イゼリア嬢は半信半疑な様子だ。


 ああっ、イゼリア嬢! 麗しのお顔をそんな風に憂いに沈ませないでくださいっ! 俺の心まで痛くなっちゃいそうです!


「大丈夫ですとしか言えないのが心苦しいんですけれど……。すっごく優しくて素敵で紳士的で、優秀な方なんですよ! 今までも何度も相談に乗ってくださっていて……っ! イゼリア嬢がヒロインを演じてくださるというのに、生半可な台本ではいけませんからね! その方にお任せしたら、確実です!」


 断言するとますます眉をきつく寄せたリオンハルトが、ずいと身を乗り出してきた。


「紳士的? ということは、アドバイザーは男性かい? 生徒会のメンバーの誰かというわけではないみたいだが……。いったい、どんな人物なのかな? ぜひとも知りたいね」


 うぇぇっ!? なんでそんなに突っ込んでくるんだよ!? そんなに俺の言葉が信用ならないのか!?


 困ったなぁ……。イゼリア嬢を安心させたくて、ついアドバイザーの存在を話しちゃったけど、シャルディンさんには、誰が手伝っているのか言わないように口止めされてるし……。


「えっと、その……。あっ、ほら! そろそろ生徒会室へ行かないと、他の方々が待ちくたびれちゃいますよ! あんまり待たせちゃ悪いですからね! ほら、急いで行きましょう!」


 うんっ、こんな時は逃げるが勝ち!


「あっ、ハルシエル嬢……っ!」


 俺はリオンハルトの制止を振り切って、急いで階段を駆け上がる。


「リオンハルト様、お待ちになって。一緒にまいりましょう?」

 イゼリア嬢がリオンハルトを呼び止めてくれる。


 ありがとうございますっ、イゼリア嬢! ご一緒できなくて、ほんとすみません……っ!


 俺はイゼリア嬢に心の中でお詫びとお礼を言いながら、そそくさと階段を駆け上がった。


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