246 かよわい女の子を一人で帰らせるわけにはいかないよ!


 結局、俺とクレイユとエキューの三人が作業を終えて校舎を出たのは、陽もとっぷりと暮れてからだった。


 予想以上に時間がかかってしまったけど、三人がかりで作業したおかげて、書類自体はかなり減った。


 まだ、各クラスや各クラブとの調整作業も残っているため、終わったとは言えないが、この調子なら明日も残って作業をすれば何とかなるだろう。


 っていうか、ほんとあれほどの量を一人で処理する気だったなんて……。


 やっぱり、クレイユはどこか抜けてるに違いない。うん。

 エキューが来てくれて、本当によかった。


「ハルシエル嬢。遅くまでつきあわせてしまい、申し訳なかった。家まで送っていこう」


「えっ!?」


 校舎を出たところでクレイユにそう言われ、俺は驚きの声を上げた。


 ふつーに電車で帰る気だったんだけど……。


「そんな、悪いわ。電車で帰るから大丈夫よ?」


「そんなっ! だめだよ!」

 あわてたように声を上げたのはエキューだ。


「だって、もうこんなに暗いんだよ? そんな中、かよわい女の子を一人で帰らせるなんて……。そんあの認められないよ!」


「ええっ!? でも、通いなれた道だし、ちゃんと街灯だってあるから暗くないし……」


 日が暮れたと言っても、まだ夜の八時くらいだ。危ないことなんてひとつもない。


「だめだよ! ハルシエルちゃんは可愛い女の子なんだから! 万が一、何かあったらどうするの?」


 エキューが珍しく険しい顔つきできっぱりと告げる。


 ごめん、エキュー……。

 そんなに気を遣ってくれてるところ、申し訳ないけど、俺、中身は男だから……。


「ハルシエルちゃんが歩いて電車で帰るなら、僕も電車でハルシエルちゃんを家まで送っていく!」


 エキューに固い決意をにじませて宣言され、大いに慌てる。


 脳裏に甦ったのは、以前、リオンハルトに駅まで送ってもらった時のことだ。

 夜だからそんなに人通りはないだろうけど、でも……。


「エキューが送るのなら、わたしも一緒に送ろう。そもそも、こんな遅くまでつきあわせてしまったのは、私の責任だからな」


 クレイユ! お前もか!


 エキューにクレイユまで加わったら、確実にリオンハルトの二の舞じゃねーかっ!


 しかもエキュー、さっき「駅まで」じゃなくて「家まで」って言ってたよな……? ほんとに一緒に電車に乗って、家まで送ってくれる気かっ!?


 それは困る……っ!


「じゃ、じゃあ……。二人を歩かせるのは悪いし、今日はお言葉に甘えて送ってもらおうかしら……?」


「もちろんだとも」

「うん! ちゃんと送り届けるからね!」


 クレイユとエキューが笑顔で頷く。


 くそう……っ! 結局、この選択肢しかないのかよ……っ! まあ、車のほうが早く帰れるし、歩くよりも楽だからいいんだけど……。



 って! なんでクレイユとエキューに両側を挟まれて座ることになってるんだよ――っ!?


 クレイユの車だという高級車に乗った俺は、心の中で叫びを上げる。


 うん、広々車内だから、三人並んで座ってもゆったりしてるけど……。


 なんで俺、クレイユとエキューの間でサンドイッチの具になってんの!? ふつー、クレイユとエキューが向かいだろ!?


「さ、三人だと少し手狭じゃない? 私、向かいに移るけど……?」


 クレイユとエキューの間なんか、すぐに脱出するに限る!


 立ち上がろうとした瞬間、そうはさせじとばかりに車が動き出す。


「走ってる車内で動いたら危ないよ?」

 俺の手を掴んだエキューが、心配そうに眉を寄せる。


「それとも……。ハルシエルちゃんは、僕の隣じゃ、嫌?」


 きゅぅん、と捨てられた子犬のような顔でエキューが見つめてくる。


 く……っ! エキュー! その顔は卑怯だぞっ! そんな顔をされたら、罪悪感にさいなまれて、邪険に振り払うなんてできなくなるじゃねーか!


「い、嫌ってわけじゃ……」

 革張りのシートに座り直しながらもごもごと呟く。


「僕はハルシエルちゃんの隣で嬉しいな!」


 エキューがにぱっと天使のような笑顔を浮かべる。


「だって、旅行の時はあんまり隣に行けなかったんだもん。こんな風に、ハルシエルちゃんと一緒に帰れる機会なんて、滅多にないし……。嬉しいな♪」


 目の前で放たれた夏の陽射しよりもまぶしい笑顔に、心臓がぱくんと跳ねる。


 くぅぅっ! エキュー! 男子高校生なのに、その可愛さは反則だろっ!


 俺は鼓動の速さをごまかすように、エキューに質問を投げかける。


「そ、そういえば、私は今日、たまたま忘れ物をしてクレイユ君が残ってることに気づいたけれど……。エキュー君は、クレイユ君が一人で残ってることに、いつ気づいたの?」


 俺の問いに、エキューが「んー」と可愛らしく小首をかしげる。


「いつからっていうか……。最初から?」


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