247 小さい頃から、きっとこんなやりとりをしてきたんだろう


「え……?」


 戸惑った声を上げた俺に、エキューが困ったような顔で口を開く。


「ほら、僕も体育部長だから、体育祭の時の経験で、いろいろと書類仕事があるのはわかってたからさ。文化祭だったら、グラウンド一か所でする体育祭より、調整しないといけない事柄がいっぱいあるだろうって予想できたし。それに……」


 エキューが俺の右隣に座るクレイユに、ちらりと気遣わしげな視線を向ける。


「クレイユの性格を考えると、たぶん、誰にも頼らずに一人でしようとするって、わかってたから……」


「……ひとりでできると思ってたんだ」


 ふい、と窓の外へ視線を逸らせたクレイユが、気まずそうに呟く。


 ぶっきらぼうな声音はなんだかねている子どもみたいで、俺はつい吹き出してしまう。


「クレイユ君が読み間違いをするなんて、珍しいこともあるのね」


「そんなことはない」


 むっとしたような声で即座に反応したクレイユが、俺を振り向く。「失礼な」と文句を言われると思いきや。


「最近は、予想が外れてばかりだ。――特に、きみに関することでは」


 真っ直ぐに俺を見つめて告げられた言葉に、なぜかぱくりと心臓が跳ねる。

 と、クレイユがふ、と唇をほころばせた。


「きみは本当に、いつもわたしの予想もつかない言動をするからな」


 どこか甘い、悪戯っぽい笑み。


「べ、別に、わざとしてるわけじゃ……っ!」


 気まずさに今度は俺が視線を逸らすと、クレイユが小さく吹き出す声が聞こえた。


「わかっているよ。わたしも故意だなんて思っていない。そんな天然なところも、きみの魅力の一つだろう?」


「み……っ!?」


 いや、違うから! どんな誤解をしたらそうなるんだよっ!? それともあれか!? セレブだとそういう感覚もズレてくるのか!?


 なんかこの雰囲気はヤバイ!


 俺はどきどきする心臓をごまかすように、必死で頭を巡らせる。


 な、何でもいいから話題を変えないと……っ!


「そ、そういえば! 意外と言えば、今回のことも十分意外だったわ」


「今回のこと?」

 エキューがきょとんと小首をかしげる。俺は大きく頷いた。


「そう! ほら、エキュー君がクレイユ君の性格を読んで手伝いに来てくれたこと! 私相手と違って、クレイユ君もエキュー君には素直に頼っていたし……。いつもはクレイユ君のほうがお兄ちゃんっぽく見えるんだけど、今日はエキュー君のほうがお兄ちゃんぽかったというか……」


「実際、春生まれの僕のほうがお兄ちゃんだからね!」


 ふふん、とエキューが自慢するように胸を反らす。小さな子が背伸びしている感じで、ちょっと微笑ましい。


「たった三か月程度のことだろう? 学年は同じじゃないか」


 悔しげに言うクレイユの表情も、なんだかいつもより幼げだ。

 きっと子どもの頃から、何度もこんなやりとりをしてきたんだろう。


「三か月でもお兄ちゃんはお兄ちゃんだよ! 現に、小さい頃は僕のほうが大きかったし!」


「今はわたしのほうが背が高いだろう?」


 エキューの言葉に、クレイユが冷静に返す。エキューが悔しげにぐぬぬと呻いた。


「ほ、ほんのちょっとだけだろ! クレイユは小さい頃は――」


 何やら言いかけたエキューが、途中ではっと我に返ったように口をつぐむ。


 小さい頃のクレイユか……。エキューはちっちゃい頃はまさに天使! って感じだったんだろうなって想像がつくけど……。


 クレイユは小さい頃から今みたいに可愛げがなかったんだろうか。


 俺がふとくだらないことを考えていると、


「でも、クレイユのほうがお兄ちゃんぽいっていうのは心外だな~」

 とエキューが不満そうに唇をとがらせた。


「なんだか僕は頼りないって思われてるみたいだもん」


「そ、そんなことないわよ!」

 あわてて首を横に振る。


「エキュー君がしっかり者で男らしくて頼りになるって、ちゃんと知ってるわ! 体育祭の時だって、しっかり先頭に立って動いてくれていたし、当日だって、転んだ私を助けてくれたし……っ!」


 必死に言い募ると、なぜかエキューの顔が薄紅色に染まった。


「もーっ! ハルちゃん、その不意打ちはずるいよ!」


 両手で顔を覆ったエキューが、困り果てたように叫ぶ。


「え? え?」


 わけがわからず戸惑った声を上げると、顔から手を放したエキューが、不意に身を寄せてきた。


「一番認めてほしい相手からそんな風に言ってもらえたら……。嬉しすぎて、思わず抱き寄せたくなっちゃうよ」


「えっ!?」


 エキューのとんでも発言に反射的に身を引く。と、とん、と肩が何かにぶつかった。

 驚いて振り返った先にあったのは、クレイユの整った面輪だ。


 っていうか近い! 近すぎるだろっ!


「エキュー! なんてことを言うんだ! そんなこと……。許せるはずがないだろう!?」


 クレイユが眼鏡の奥の蒼い瞳を怒らせてエキューを睨みつける。


 それは俺も同意見だけど……。


 クレイユ! お前も近いから! エキューとの間に挟まれて、身動きが取れないだろ――っ!


 お前らが仲良しなのはわかったから! くっつくんなら、二人っきりで姉貴の前でやってくれ!

 俺を間に挟むんじゃねぇ――っ!


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