233 せっかく素敵な笑顔なんだから
「元気だったらいいんだけど……。もし、調子が悪かったら、遠慮なく言ってね?」
エキューが気遣わしげな表情で首をかしげる。
「大丈夫! イゼリア嬢がおっしゃった通り、本当に元気だから! ほ、ほらっ、えーっとその……。今日は始業式だから、講堂の舞台に上がるでしょう? 人前に立つのは久しぶりだから、ちょっと緊張しちゃって……」
あながち嘘というわけでもない。前世が陰キャのぼっちだった俺にとっては、全校生徒の前に立つなんて、好んでしたいことじゃない。
まあ、式の間、壇上の理事長やリオンハルトを見てるフリをして、イゼリア嬢を間近で見ていられるから、至福の時間のひとつでもあるけど!
それに、生徒達だってイケメンどもやイゼリア嬢に見惚れて、俺を見てる奴なんてろくにいないだろうしな!
「なるほど。だが、心配しなくていい」
珍しくクレイユが柔らかな笑みを浮かべる。
「今日の始業式では、きみは話すことになっていないだろう? それに、万が一何かあったとしても、わたしがついている」
レアなクレイユの笑顔に、周りから「きゃ――っ♡」と歓声が上がる。
「クレイユ様の笑顔だななて……っ! 今のご覧になりまして!?」
「もちろんですわ!
「なんて尊い……っ! わたくし、生きていてよかった……っ!」
「まあっ! 気をしっかりお持ちになって!?」
笑顔ひとつでこの威力とは……。
リオンハルトだけじゃなく、やっぱりクレイユもだてに攻略対象キャラの一人じゃないと、妙に感心する。
「どうかしたのか?」
思わずクレイユを見つめてしまっていたらしい。いぶかしげに問われ、俺はあわててかぶりを振る。
「ううん。なんだかその……。最近、クレイユ君が柔らかく笑うようになったなぁと思って……。あ、えっと、エキュー君には前から優しい笑顔を向けていたのは知ってるんだけど……。せっかく素敵な笑顔なんだから、もっといろんな人に笑いかけたらいいのに」
俺としては、クレ×エキュでも、他の女子と恋仲になってくれても、どっちでもいいんだけどなっ!
クールな雰囲気のせいで、ちょっと敬遠されがちなところがあるけど、さっきから女子がきゃーきゃー言ってるんだ。
クレイユさえその気なら、彼女の一人や二人、速攻でできるハズ!
って……。いや、二人はマズイよな、うん。二股はよろしくない!
俺の言葉に、虚を突かれたように目を
「きみに素敵な笑顔を言ってもらえたのは光栄だが……。別に、誰にでも笑顔を見せたいわけじゃない」
あー、はいはい。わかってる。特別なのはエキューだけってワケだろ?
その台詞、姉貴の前で言ってやってくれ。絶対、「クレ×エキュはやっぱり尊いわよねっ! もーっ、なんてったって、クレイユがエキューにだけ向けるあの優しいまなざし! 柔らかな笑顔! は――っ! 一晩中でも語れるわ――っ!」って喜ぶから。
そうやって、姉貴に萌えを供給してくれれば、俺としても安心――、
「わたしが笑顔を見せたいと思う相手は」
俺の思考を断ち切るかのように、不意にクレイユが俺の手を取る。
ぐいっ、とクレイユが身を寄せ。
「誰でもいいというわけじゃない。わたしは――」
「さーさー! 始業式の準備もしなきゃだし、無駄口はここまでにして、さっさと教室に荷物を置きに行こっか~♪」
クレイユがみなまで言うより早く、突然割って入ったヴェリアスが力任せにクレイユの手をほどく。
「そ、そうですね! 新学期も始まりましたし、いつまでも夏休み気分でいるわけにはいきませんねっ!」
珍しくナイスヴェリアス!
クレイユが何を言う気だったのかは知らねーが、邪魔してくれて助かった!
せっかく久々にお会いできたイゼリア嬢と、すぐに離れ離れになるのは哀しいけど、イケメンどもまで勢ぞろいした今、ここは逃げるに限る!
「ヴェリアスがそんな真面目なことを言い出すなんて、これはどんな二学期になるのか、どきどきしてしまうな」
「うわ、リオンハルト、それヒドくない? オレはいつだって、ちょー真面目なのにさ~!」
「おい、さらっと嘘をつくのはやめろ。お前のどこを見て真面目だと言うんだ?」
「「ちょー」と言っている時点で、不真面目だと思うんですけれど……」
「ディオスにエキューまで! ヒドくない!? オレ泣いちゃうよ!? ハルちゃん、慰めて~っ!」
「なんで私が慰めないといけないんですか!? どう考えてもヴェリアス先輩のふだんの言動のせいだと思いますけど!?」
「まさに自業自得ですね」
よよよ、とわざとらしく寄ってこようとするヴェリアスを邪険に突き放すと、クレイユが氷みたいな冷たい声で同意する。
ええぃっ! イケメンどもの軽口に応酬に俺を巻き込むな――っ! お前らだけで仲良くやってくれ、頼むから!
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