211 夜の散歩の組み合わせは?


「お手をどうぞ」


 別荘の玄関で目の前に差し出されたクレイユの手のひらに、俺は「へ?」と間抜けな声を上げた。


 銀縁眼鏡の奥の蒼い瞳がすがめられる。


「手をつなごうと言ったんだ」


 言うが早いが、クレイユがぎゅっと俺の右手を握りしめる。


 って、いやいやいやっ! 単に散歩するだけだし! 手をつなぐ必要なんてないだろ!?


「だ、大丈夫ですよ! 手なんてつながなくったって!」


「だが……」

 クレイユが視線を向けた先には、イゼリア嬢の手を取り、優雅に微笑むリオンハルトの姿がある。


 あ――っ! リオンハルト! イゼリア嬢と手つなぎ散歩なんて、おまっ、お前……っ! なんて羨ましい……っ!


 おいそこ代われ! いや代わってくださいっ、お願いしますっ!


 イゼリア嬢から咲いた花のような輝くばかりの笑顔を向けられるなんて……っ! マジで羨ましすぎる!


 が、心の中で血の涙を流して歯噛みしても、カードゲームで最下位だった俺に、希望を口に出す権利はなく……。


 結局、『ときめき♡エチュード』で一位を獲ったのは、序盤からコンスタントに正解し続けたクレイユだった。


 同じく、序盤から点を取っていたヴェリアスが僅差きんさで二位。


 ディオスが予想していた通り、後半、カードが少なくなってからは、瞬発力に優れたエキューがかなり追い上げたものの、一歩譲って三位。


 後はリオンハルトが四位、イゼリア嬢が五位、ディオスが六位、そして俺が最下位という結果だった。


 勝負じゃなく、ゲームとして楽しむと言っていたディオスにも負けるってどういうことだよっ!? 自分のふがいなさに、ほんともう泣くしかない……。


 そして、ゲーム後、一位になったクレイユが散歩の相手として指名したのが俺だった。


 っておい⁉ なんで俺なんだよっ!? そのはどう考えてもエキュー一択だろううがっ! クレエキュで姉貴を萌えさせてりゃいいだろ――っ!?


 心の中で思いきり叫びまくったが、ルールはルール。


 ちなみに二位のヴェリアスは、


「え――っ! ハルちゃんがとられちゃったら、誰と歩けばいーのさ~! ディオスと歩いたら、散歩の間中、説教されそうだしさぁ。理事長とはざすがのオレでも緊張するし……。ってワケでさ、エキュー。オレと歩こっか♪」


「ええっ!? 僕とですか? 先輩のご指名ということなら、もちろんお受けしますけれど……」


 とエキューを指名し、三位のエキューが指名されてしまったので、四位のリオンハルトが、


「では、イゼリア嬢。わたしのお相手を務めてもらえるかい?」

 と告げ、


「もちろんですわ! リオンハルト様!」

 と花が咲くような笑顔を向けられていた。


 くそっ、やっぱり羨ましすぎる……っ! 四位なんて低い成績だったのに、イゼリア嬢と並んで散歩できるなんて……っ!


「クレイユ~。ハルちゃんが嫌がってるんなら、別にいちいち手をつながなくったっていーじゃん♪ オレだって、エキューと手をつながないんだしさ~。ディオスだって、理事長と手をつないでないじゃん♪」


「え? 僕がヴェリアス先輩と!?」

「いや、ヴェリアス。さすがに理事長と俺で手をつなぐのは……」


 クレイユの手をほどこうと悪戦苦闘している俺を援護するように、ヴェリアスが割って入る。


 エキューとディオスが戸惑った声を上げるが、まったくその通りだ。


 俺は男同士で手をつなぐ趣味なんかねーんだよっ!


 ほら見てみろ! 姉貴のあのにやけきった笑顔!

 手なんかつないでみろっ! あの腐女子大魔王の脳内で、あんなコトやこんなコトまであれこれ妄想されるんだぞ!?


 俺はそんな目に遭うのは、絶対に嫌だ……っ!


「ヴェリアス先輩がエキューと手をつなぐのも、ディオス先輩が理事長と手をつなぐのも自由になさればいいでしょう。ですが」


 きっ、と眼鏡の下からヴェリアスを睨み返して、クレイユが反論する。


「女性をエスコートするのは、紳士として当然の行いだと思いますが?」


 いやクレイユ! 生真面目なのはわかるけど、旅先の時まで、紳士うんぬんなんて気負わなくていいから! あと見た目はハルシエルだけど、中身は男子高校生だからな!?


「あの、クレイユ君。旅行先なんだし、そんな堅苦しく考えなくても……」


「いやぁ、素晴らしいね!」

 俺の声を遮るかのように、姉貴の拍手が鳴り響く。


「気が緩みがちな旅先でも、聖エトワール学園の生徒たらんとするその心意気! 立派だね! さすがクレイユ君だ! ハルシエル嬢。もう外はかなり暗くなっているし、素直にクレイユ君にエスコートしてもらったらどうだい?」」


 姉貴を振り向いた俺は、思わず「ひぃぃっ!」と悲鳴を上げそうになったのをかろうじてこらえた。


 表向きはにこやかな笑顔だけど、「手をつないで散歩に行け――っ!」という無言の圧がすさまじい……っ! 「誰のおかげで、昼間イゼリア嬢の水着姿を拝めたと思ってんの!? あんたがその気なら、昼間シノが撮ったビデオから、イゼリア嬢が映ってる部分を全カットするわよ!」って……。そんな脅しがデカデカと顔に書かれてる!


 イゼリア嬢を人質に取られたら、俺なんかが姉貴に逆らえるワケがなく。


「じゃあ、エスコートをお願いします……」

 俺はしぶしぶとクレイユの手をほどくのを諦める。


「ちぇーっ、理事長にまでそう言われちゃったら仕方がないか~。あ、でもハルちゃん♪ クレイユじゃなくオレにエスコートしてほしかったら、いつでもいっていいんだぜ?」


「おいっ! それは明らかにルール違反だろう!」


 不満そうに唇をとがらせたヴェリアスが提案すると、即座にディオスの叱責が飛ぶ。


「いえっ、クレイユ君にエスコートされなかったとしても、ヴェリアス先輩に頼むことは絶対にありませんから!」


 クレイユよりも、明らかにヴェリアスのほうが危険に決まってる!


 あわてたようにエキューがヴェリアスの腕を掴んだ。


「行きましょう、ヴェリアス先輩! ほら、リオンハルト先輩とイゼリア嬢は、もう出発しちゃってますよ!」


 ヴェリアスをぐいぐいと引っ張るエキューが、出ていく寸前、ちらりとこちらに目配せする。


 ありがとうエキュー! こうしちゃいられない! 早くイゼリア嬢に追いつかないとな!


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