非日常の解放感に特別なイベントだって起こりそう!? どきどきときめき旅行編
178 お買い物に参りましょう!
「ハルシエル様。お買い物に参りましょう!」
我が家を訪れたシノさんが切れ長の瞳をらんらんと輝かせ、そんな提案をしたのは、お茶会から数日後のことだった。
「はい? いきなり訪ねてきて何ですか、シノさん?」
マルティナさんに呼ばれて玄関に応対に出た俺は、ひどく真剣な表情で告げられた言葉に面食らう。
今日は『コロンヌ』でのバイトが午前中だけだったから、午後からはロイウェルの勉強を見てあげる気だったんだけど……。
「そもそも、買い物って……。何を買いに行くんですか?」
「もちろん、生徒会の皆様で合宿に行くためのあれこれでございます!」
尋ねた瞬間、前のめりになったシノさんから即答が返ってくる。
「合宿まで、あと一週間もございません! 時にハルシエル様。水着はどのようなものをご用意されているのですか?」
「え……? 学校の水泳の授業で使ったスクール水着しか持ってませんから、それを持っていく気ですけれど……?」
「本気でございますか!?」
わけのわからないまま答えると、シノさんが愕然と目を見開いた。
「それはある意味、ポイントを突いていると言えなくもありませんけれども……っ! よろしいのですか!? 水着姿のイゼリア嬢と、お写真を撮るチャンスだってあるかもしれないんですよっ!?」
ぴしゃ――んっ!
シノさんに告げられた瞬間。俺の脳内で特大の雷が落ちる。
どんな水着かはわからないけど、浜辺の女神と讃えるにふさわしい可憐なイゼリア嬢の隣にスクール水着で並び、さらには永久保存な写真を撮るなんて……っ!
「そんなの、イゼリア嬢に失礼すぎますねっ! 私が目指すのはイゼリア嬢の一流の引き立て役! いえっ、もちろんイゼリア嬢はそこにいらっしゃるだけで、太陽よりもまぶしくきらびやかで、月よりも可憐で清楚な、至高の存在ですけれどもっ! ですが、月だって周りの星々が、太陽も周りの浮かぶ雲があってこそ、よりいっそう
俺はぐっ! と拳を握りしめて力説する。
それに、イゼリア嬢と一緒に写真に写れる貴重な機会、しかも極レアな水着の写真を、一張羅ではなく手抜きなスクール水着で台無しにするわけにはいかないっ!
「あっ、でも……っ」
大切なことに気づき、俺はしょぼんと肩を落とす。
「イゼリア嬢の隣に立つにふさわしい水着を買いたいのはやまやまなんですけれど、その、先立つものが……」
夏休みの間、できるだけ『コロンヌ』のシフトを入れているものの、バイト代が支払われるのは来月だ。
ってゆーか、女の子の水着なんて買ったことがないけど、いくらくらいするんだろうか……?
「そのためにわたくしが参ったのでございます」
右手を半袖のメイド服に包まれた豊かな胸元に当て、シノさんが力強く告げる。
「ご安心ください! 軍資金はエル様よりお預かりしております! わたくしも一緒に参りますから、水着だけでなく、素敵なお洋服もそろえて、旅行の準備を整えましょう!」
「シノさん! ありがとうございます!」
頼もしい言葉に、思わず感動の声を上げる。
……あれ? でも……。
「理事長がお金を出してくれるって、それ……?」
イケメンどもの誰かと俺をくっつけようだなんて、身の毛もよだつ恐ろしいことを画策している腐女子大魔王の姉貴が、俺とイゼリア嬢の仲を近づけるためにお金を出してくれるわけがない。
これは、絶対に何か企んでやがる……っ!
シノさんに頼んだお茶会のビデオのダビングの件だって、まだ返事をもらってないし……。
俺の危険察知能力が、がんがんと警報を鳴らす。が。
「パジャマも買いましょうね、ハルシエル様! もしかしたら、イゼリア嬢とパジャマパーティーでガールズトークなんてチャンスも……」
「ええっ! 買いましょう! 今すぐ買いに行きましょう! どんなパジャマならイゼリア嬢に気に入っていただけるでしょうか!?」
姉貴の思惑なんざ知るかっ!
そんなことより、イゼリア嬢ときゃっきゃうふふなパジャマパーティーをするほうが、百万倍大事に決まってるだろ――っ!
「シノさんっ、ちょっとだけ待っててください! すぐに出かける支度をしてきますからっ!」
俺はシノさんに告げると、支度をするべくあわてて自室へ駆け戻った。
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