179 女の子の水着って、いろいろありすぎじゃね!?


「うわ……。女の子の水着って、こんなにたくさんあるんですか……?」


 シノさんが運転する車でやってきた高級デパート。

 夏らしく広い面積を占める水着売り場で、色とりどりの水着を前に、俺は呆然と呟いた。


 男子高校生だった俺が知っている水着の種類なんて、ワンピースとビキニくらいだ。上下が分かれているかいないか。っていうか、それ以外に違いがあるのかよ!?


 水着に限らず、パフスリーブとかシュシュとかレギンスとかボレロとか、ラインでもAだのマーメイドだの……。女性のファッションに関する用語って、いろいろありすぎて、本気でわかんねぇ……っ! 世の女性陣がみんな、それらの単語を使いこなしてるんだとしたら、ほんと尊敬する。


「ハルシエル様はどのような水着がお好みですか?」


 シノさんが弾んだ声で聞いてくる。


 いつもクールなシノさんがうきうきしている様子は、ギャップ萌えでちょっと可愛い。

 ギャップと言っても、お茶会の帰りみたいなヤツは御免だけどなっ!?


 でも、好みと言われてもなぁ……。


 自分が着る女の子用の水着なんて、今まで一度も考えたことがない。いや、ふつう、男子高校生だったら考えないだろ!?


 むしろ、好きな女の子にどんな水着を着てほしいか考えるだろ!?

 もちろん俺は、イゼリア嬢が着てたら、どんな水着でも萌えに萌える自信があるけどっ!


 というか、気をしっかり持っていないと、神々しさのあまり、気を失ってしまうかも……っ!


「ハルシエル様?」

 シノさんのいぶかしげな声に、妄想にひたっていた俺はハッと我に返る。


「すみません。好みの水着の話でしたね。えーと……」


 『キラ☆恋』の夏のイベントでは、どんな水着だっただろうかと思い返す。


 確か、ピンク色でフリルやリボンがたっぷりついた女の子らしいワンピースタイプだった気がするけど……。


 そんなピンクのフリフリなんて着たくねぇっ!


「ちなみに、シノさんはどんな水着にするんですか? シノさんももちろん一緒に旅行に来るんですよね!? 教えてください!」


 すっかり姉貴に染められて、腐女子街道驀進ばくしん中のシノさんが、旅行に来ないなんてありえないだろう。


 シノさんはグラマーだし、ふだんがまったく隙のないロングスカートのメイド服だから、ビキニなんて着たら、破壊力が凄まじいだろうなぁ……。


 シノさんの水着姿はちょっと……。いや、かなり見てみたいっ!


 俺の問いかけに、シノさんが困ったように眉を下げる。


「申し訳ございません。ご旅行には、もちろんわたくしも同行して、皆様にお仕えさせていただくのですが……。わたくしはメイドの身。皆様と一緒に海に入るという贅沢ぜいたくが許される身ではございませんので、水着は……」


「ええっ、そんな! シノさんを放って、私達だけ遊ぶなんて、そんなの申し訳ないですよ! せっかくの旅行なんですから、少しくらいシノさんも羽を伸ばせる時間があってもいいはずです! もし理事長がうるさいことを言うんだったら、私が説得しますから!」


 シノさんの水着姿は俺だって見たいし! それに……。


 イケメンどもも男子高校生。ナイスバディなシノさんが水着姿になったら、ひょっとしたらシノさんに目が釘づけになって、俺にかまってこなくなるんじゃね!?

 ふつうの男子高校生だったら、絶対そうなる!


 ここはシノさんにはちょっときわどい水着を選んでもらって……。


「ありがとうございます。ハルシエル様はお優しいのですね」


 柔らかに微笑んだシノさんに礼を言われ、ちょっとどぎまぎしてしまう。


「ですが、水着はよいのです。わたくしには遊んでいる暇などございませんから」

「シノさん……」


 きっぱりとかぶりを振ったシノさんの毅然きぜんとした態度に胸を打たれる。


 すみませんっ、シノさん! 職務に忠実なシノさんをイケメンどものエサにしようだなんて、不埒ふらちなことを考え――、


「だって!」


 突如、シノさんが目をキラキラさせて胸の前で両手を組み。


「わたくしには、尊い萌えをあますところなく記録するという崇高な使命がございますからっ! 青い海、白い砂浜! 水着姿でたわむれるハルシエル様とイケメンの皆様方! 非日常の解放感に誘われて、ふだん以上のときめきイベントが起こること間違いなしっ! ああっ、今からどきどきして、待ち遠しくてなりませんっ!」


 シーノーさぁ――んっ!?


 一瞬でも感動しかけた俺の真心を返してっ!?


 萌えの記録って……っ! 旅行でも盗撮する気満々じゃねーかっ! 起こさないからっ! イケメンどもとイベントを起こす気なんて、欠片もないからっ!


 っていうか、盗撮する相手を前に、撮りまくります! って宣言するのはどうなんだよっ!?


「シノさん、言っておきますけど、先輩達とイベントを起こす気なんて、まったく、全然、これっぽちもありませんからねっ!? どんなに見張ってても無駄ですから!」


 俺の宣言に、「そんな……っ!?」とシノさんがショックを受ける。


「夏の浜辺といえば、ときめきシチュエーションが目白押しではありませんかっ! リオンハルト様に甘い笑みで水着を褒めていただいたり、ディオス様に泳ぎを教えていただいたり、ヴェリアス様に悪戯いたずらされて可愛くねてみたり、クレイユ様と月夜の浜辺を散策して見たり、エキュー様と大きな浮き輪に二人で入ってぷかぷか浮いてみたり……っ! そんなときめき盛りだくさんの萌え萌えイベントをスルーなさると!?」


 信じられないと言わんばかりに、シノさんが愕然がくぜんとした表情で俺を見る。


 っていうか何だよ!? そのいかにも起こりそうな具体的なシチュエーションの数々はっ!?

 思わず脳内でイケメンどもの姿をありありと想像しちまったじゃねーかっ!


 嫌だ……っ! そんな悪夢のようなイベントの数々、絶対に起こしたくねぇ……っ!


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