176 頼むから、うさぎだけは選ぶなよっ!?


「動物というのなら、俺は馬だな」


 口火を切ったのはディオスだ。きっと、愛馬のエクレール号にするんだろう。


「うーん、オレは狼にしよっかな~♪」

 パラパラとデザイン画をめくりながら告げたのはヴェリアスだ。


 あー、うん。ヴェリアスっていかにもオオカミ少年って感じだもんな~。そのうち罰でも当たるんじゃないだろうか。


 イケメンどもがうさぎ以外の動物を選んでいく様子にほっとする。


 だよなっ! さすがに男子高校生が持つペンに可愛らしいうさぎは恥ずかしいよなっ!


「わたしは獅子にしよう」


 そう告げたのはリオンハルトだ。百獣の王は王子であるリオンハルトにはぴったりかもしれない。


「わたしは知性の象徴であるふくろうにします」


 くい、と眼鏡のブリッジを押し上げながら言ったのはクレイユだ。確かに、これもクレイユらしい選択だ。


「え? クレイユは鳥にするの? 僕はどうしようかなぁ……」

 クレイユの選択を聞いたエキューが悩ましげに呟く。


 可愛い癒し系のエキューなら、うさぎのモチーフのペンを持ったとしても、あんまり違和感はないけど……。

 頼む、エキュー! お願いだからうさぎ以外を選んでくれ……っ!


 もしエキューがうさぎを選んだら何と言って翻意させようかと、必死で考えを巡らせていると。


「僕は……。うん、はやぶさにする! 格好いいもんね!」


 と、エキューがきりっ、と顔を引き締めて宣言した。


 ありがとう、エキュー! そうだよなっ! 見た目は女の子みたいに可愛いけど、中身はしっかり男の子だもんなっ! 可愛い動物より、格好いい動物を選ぶよな! さすがエキュー!


「隼、格好よくて素敵だと思うわ! エキュー君、背中に翼が生えているんじゃないかと思うくらい、走るのが速いもの! ぴったりね!」


 うさぎ以外を選んでくれた安堵に、エキューを振り向いて笑顔で告げると、エキューが照れたようにはにかんだ。


「ほんと!? ハルシエルちゃんにそう言ってもらえるなんて、嬉しいなっ」


「えーっ! ハルちゃん、エキューだけ褒めるのは不公平じゃない?」

 ヴェリアスがすねたように唇をとがらせる。


「はい? 意味がよくわからないんですけれど……?」


 きょとんと首を傾げる。


「みなさん、自分のイメージによく合うデザインを選ばれてるじゃないですか。王子であるリオンハルト先輩は、百獣の王である獅子ですし、ディオス先輩は愛馬のエクレール号ですし、物静かなクレイユ君は知的な梟のイメージがぴったりですし……。あっ! ヴェリアス先輩もイメージ通りですよ! オオカミ少年って感じが!」


「ちょっ!? そこは「孤高の一匹狼って感じが素敵です!」って言うトコロじゃないの!?」


「は? 何をおっしゃってるんですか? 『孤高』の意味、ちゃんとわかってらっしゃいます? ヴェリアス先輩が孤高なわけないじゃないですか! いつだって、こっちが遠慮していても、うるさいくらい絡んでくるんですから……っ!」


 ほんとにもう、ウザイくらいになっ!


「良くも悪くも、生徒会のムードメーカーなヴェリアス先輩が『孤高』なんて、絶対にありえませんっ!」


 きっぱりと言い切ると、ヴェリアスが真紅の瞳を見開いて絶句した。


 ふはっ、とこらえきれないように珍しく吹き出したのはリオンハルトだ。


「……だそうだよ、ヴェリアス。ハルシエル嬢にこう言われては、きみも『孤高の一匹狼』の看板は下げるしかないね」


 リオンハルトの言葉に、一瞬、顔をしかめたヴェリアスが、何かを諦めたように「は――っ」と大きく吐息する。


「ったくも~。ハルちゃんには敵わないね、ホント♪」


 視線を落とし、がしがしと片手で頭をかく手つきはいつものヴェリアスと違い、乱暴だ。


 だが、手つきとは裏腹に、口元に浮かぶ笑みはどこか優しくて、甘い。

 まるで、くすぐったくて跳ねる心を隠そうとしても、隠しきれないように。


「まっ、ハルちゃんがぴったりって言ってくれてるし、オレはこのまま、狼のモチーフで行こっかな♪」


 ヴェリアスの頷きに、他のイケメンどもも同意の頷きを返す。


 ぃやったあぁぁぁ――っ!

 これで俺とイゼリア嬢、二人だけのおそろいのペンが確定だぜっ!


 心の中で高々と天へガッツポーズをする。と。


「理事長様はどうなさいますか?」


 唯一、動物のモチーフを選んでいなかった姉貴に、ローデンスさんが尋ねる。


 俺は息を飲んで姉貴を見つめた。


 姉貴……っ! 頼むから、俺への嫌がらせでうさぎのモチーフを選んだりするなよ……っ!?


 むしろ、姉貴なら、狙うはイケメンどもとのおそろいだろっ!? この際、イケメンどもが選んだモチーフの全部盛りなんかどうだっ!? もう、この際、うさぎじゃなかったら何でもいいっ!


「そうだねぇ……」


 はらはらと見守る俺をじらすように、姉貴がわざとゆっくり呟く。


「わたしは、薔薇のモチーフだけで十分かな。理事長のわたしとは、入れ違いが起こる可能性も限りなく低いだろうからね」


 なるほど! そう来たか!

 薔薇のモチーフだけなら、ある意味、全員とおそろいだもんなっ! さすが姉貴、ぬかりねぇ……っ!


 っていうか、うさぎを選ばなくてほんとよかった……っ!


「では、皆様、モチーフがお決まりになられたのでしたら、次は装飾でございますが……。実際にどこにどのような素材を使うかは、デザインによっても異なりますので、後日、皆様おひとりおひとりと細やかな打ち合わせをさせていただきたいと存じます。よろしいでしょうか?」


 ローデンスさんの問いに、姉貴がゆったりと頷く。


「そうだね。ここから先は、『クレエ・アティーユ』で細やかな調整をしながら決めていったほうが、良いものができるだろうからね」


「ありがとうございます。お忙しい皆様のご負担にならぬよう、できる限り、打ち合わせの回数を少なくできるようにと努めますが、なにぶん、良いものを作ろうと思いますと、やはりそれなりの時間と手間を必要とするものでございまして……。その点をご了承いただけましたら、幸いに存じます」


「ああ。それはもちろん承知しておるよ」

 鷹揚おうように頷いた姉貴が、テーブルの面々を見回す。


「理事長のおっしゃる通りです」

 とリオンハルトが応じた。


「せっかく、生徒会のみんなで一緒に作るペンですからね。一生ものの素晴らしいペンになることでしょう。そのための労を惜しんだりはしませんよ」


 リオンハルトの言葉に、他のメンバーも大きく頷く。もちろん、俺だって同じ気持ちだ。


 にしても、オーダーメイドでペンを作るっていうのは、かなり時間と手間がかかるんだなぁ……。

 いや、それだけの時間を費やせる余裕があるっていうのが、金持ちの証のひとつなのかもしれない。


 何にせよ、イゼリア嬢とおそろいのペンを作れるなんて、俺にとってはこれほど喜ばしいことはないっ!


 イケメンどもからドレスや小物を贈られた時は、本気で欠席しようかと思ったけど、ほんと来てよかった~っ!

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