175 わたくしからも一つ、お願いがありますの


 どうか! どうか俺にお慈悲を……っ!


 祈るような気持ちでイゼリア嬢を見つめる。


 神様仏様うさぎ様……っ! どうか俺に、イゼリア嬢とおそろいのペンを作らせてください……っ!


 胃がキリキリと痛みそうな沈黙の後。


 イゼリア嬢が難しい表情で、ふぅ、と小さく吐息する。


「……仕方がありませんわね。オルレーヌさんがうさぎに魅了されたという気持ちは、わたくしも、わからなくもありませんわ。あなたが言う通り、今後『クレエ・アティーユ』でペンをオーダーする機会なんて、一生なさそうですし!」


 おーっほっほ! と高笑いしたイゼリア嬢が、アイスブルーの瞳を、つい、と俺に向ける。


「庶民であるオルレーヌさんと同じモチーフを選ぶなんてしゃくですけれど、今回だけは同じうさぎのモチーフを選ぶことを許してさしあげますわ」


「あ、ありがとうございます……っ!」


 ぃやったああぁぁぁ――っ!


 これで! これでついにイゼリア嬢とおそろいのペンに……っ!

 ありがとうございますっ、イゼリア嬢! その優しさ、やっぱりイゼリア嬢は天使です! いや女神様ですっ!


「ただし」


 浮かれに浮かれる俺を正気に返らせるかのように、イゼリア嬢が凛とした声を出す。


「同じうさぎのモチーフにするのを許してさしあげる代わりに、わたくしからも一つお願いがありますの」


「はいっ! 何でしょうか!? イゼリア嬢のお願いでしたら、何だって叶えてみせますっ!」


 イゼリア嬢が……っ! イゼリア嬢が俺に「お願い♡」をしてくれる日が来るなんて……っ!


 今の「お願いがありますの」、俺の脳内で永久リピートさせていただきますっ!


「何をお願いしたいのか、まだ一言も言っていませんのに。安請け合いなさってよろしいの? 後で悔やんでも知りませんわよ?」


 俺の即答に、イゼリア嬢が不愉快そうに細い眉を寄せる。


 ああっ! 俺のことを心配してくださるなんて、イゼリア嬢はなんてお優しいんだろう……っ!


「ご心配いただき、ありがとうございます! でも、安請け合いなんかじゃありません! イゼリア嬢のお願いでしたら、力の及ぶ限り……っ、いえっ、たとえ力が及ばなくても、なんとしても叶えてみせますからっ! それで、その、イゼリア嬢の『お願い』というのは……?」


 イゼリア嬢が俺に頼みごとをするなんて、いったい何だろうか?


 まったく予想がつかなくて、こわごわと尋ねると、イゼリア嬢が恥ずかしそうに視線を逸らせた。可憐な面輪は薔薇の花びらの色が映ったかのようにうっすらと紅い。


「その……。ペンの装飾は、各々と髪や瞳の色にちなんだものにしましょうかという話になっていますでしょう? けれど……。わたくし、装飾は金色にしたいと思っていますの。オルレーヌさん、金色をわたくしに譲ってくださらない……?」


 ちらりと上目遣いに視線を寄越したイゼリア嬢が、どことなく恥ずかしそうに告げる。


 ぐっは! 何このかわゆさっ!

 可愛すぎて、今すぐ消し飛びそうなんですけどっ! 俺の理性がっ!


 えっ!? 何これ何これ!?


 俺、目を開けたまま夢でも見てる!?

 イゼリア嬢がこんなに可愛らしく俺に『お願い♡』をしてくれるなんて……っ!


 俺、もしかして今日が人生最後の日っ!? 幸せ過ぎて爆発すんのっ!?


「も、もちろんかまいませんっ! 金色だろうと何色だろうと、どうぞイゼリア嬢のお好きな色をお使いくださいっ!」


 こくこくこくこくっ! と俺は壊れた人形のように何度も大きく頷く。


 っていうか……。ええぇぇっ!? ハルシエルの髪の色をペンの装飾に使いたいって……っ!?


 も、もしかして、イゼリア嬢、密かに俺に……っ!?


 いやっ、落ち着け俺! 冷静になれっ! 哀しいけれど現実を見ろっ!


 まだイゼリア嬢とロクに親しく慣れてないのに、「オルレーヌさんの髪の色である金色をわたくしのペンの装飾に♡」なんて思ってもらえるワケがないだろ――っ!


 きっとたぶんアレだ。マホガニーって、赤みを帯びた茶色だから、イゼリア嬢の髪の色である黒よりも、金色のほうが映えると思ったんだろう。


 あれ? でもイゼリア嬢が黒を使わないということは……っ!?


「あ、あのっ、イゼリア嬢! イゼリア嬢が金色を装飾に使われるのでしたら、私が黒色を使ってもよろしいですかっ!?」


 勢い込んで尋ねる。


 そうだよっ! 同じ薔薇のモチーフで、装飾がお互いの髪の色を取りかえてるって……っ。


 傍目はためから見たら、仲良しこよしの親友同士が一緒に作ったおそろいペン以外の何物でもないんじゃね!?


「え? ハルちゃん、黒にするの? へ~っ、意外とシックなのが好みなんだ?」


「ハルシエル嬢。金以外なら銀という手もあるが……。別に、無理に髪の色にこだわる必要ないよ?」


 ヴェリアスとリオンハルトが驚いた様子で口を開く。


 えーいっ! 余計なことを言って邪魔すんなっ! 俺はイゼリア嬢の髪の色である黒がいいんだよっ!


 俺は二人を交互に見やって、きっぱりと首を横に振る。


「いいえっ! 私は黒がいいんです! そもそも、ただでさえ庶民の私には分不相応な高級ペンですのに、装飾が金や銀だなんて……っ。私には似合わないに決まっています! それに、使うのにも緊張してしまいますし……。黒い装飾も引き締まって見えて素敵だと思うんです! そうですよねっ、ローデンスさん!」


 助けを求めるようにローデンスさんに視線を向けると、俺達のやりとりを、黙ったまま頷きつつ聞いていたローデンスさんが、「そうですね」と穏やかな笑顔で頷く。


「マホガニーの赤茶と黒の対比も美しいかと存じます。それに、一口に黒といいましても、材質により、微妙に色合いが違いますから。光沢のあるものですとか、艶消ししたマットなものですとか……」


「光沢のある素材がいいですっ!」

 食いつくように希望を述べる。


 イゼリア嬢のつやっつやの髪のイメージとなれば、光沢のあるものに決まっているだろ!


「かしこまりました」

 笑顔で頷いたローデンスさんが、イケメンどもを見回す。


「お嬢様方はすんなりと決められたようでございますが、皆様はどうなされますか?」


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