165 昔、会った時もそんな顔をしていたね
俺の返事に、リオンハルトが虚を突かれたように碧い瞳を瞬く。
「……本当に、きみはいつもわたしの予想もつかぬ答えを返してくれるね」
次いでこぼした笑みは、うっかり見惚れてしまいそうなほど、麗しかった。
「自立した大人になりたいだなんて……。こんなにたおやかな愛らしい容貌なのに、内面は一本芯が通ってしなやかで……。きみを知れば知るほど、きみの魅力に
へ……っ!? いや、違うから! 俺が自立した大人になりたいのは、一生独身でいたいからであって、間違ってもリオンハルトに感心されるためじゃねーから!
リオンハルトの甘やかな笑顔にばくばくと高鳴る心臓を誤魔化すように、視線を背け。
「あっ! あれがおっしゃっていた
薔薇の向こうに
「あれ? でも、まだどなたもいしゃっらっていませんね……」
薔薇やリボンで美しく飾られた四阿は無人だった。
ああっ、今すぐイゼリア嬢の麗しいお姿を目にして、砂糖まみれになったこの心を洗い流したいってのに……っ!
リオンハルトの極甘攻撃から逃れられるっていうんなら、この際、ディオスかエキューでもいいっ! いっそのこと、姉貴でもっ!
「イゼリア嬢は……。いえ、皆様はいついらっしゃるんですか?」
シノさんはいても何の役にも立たないし……っ!
って、あれ!? いつの間にか、後ろをついてきていたハズのシノさんの姿が消えてる……っ!?
シノさんっ、どこ行ったんだよっ!? これじゃあ本気でリオンハルトと二人っきりじゃねーかっ!
意識した途端、心臓がさらに騒ぎ出す。
リオンハルトのバックを美しく飾り立てる色とりどりの薔薇の花。心まで融かすかのような華やかな香り。
どう考えても乙女ゲームのイベントスチルみたいなこと雰囲気……っ!
誰か……っ! 頼むから誰でもいいから来てくれ……っ!
俺はリオンハルトとイベントなんざ起こしたくないんだよ――っ!
「実は……」
俺が心の中で叫んでいるのを知ってか知らずか、リオンハルトが気まずそうに言葉を濁す。
「リオンハルト先輩?」
何やら嫌な予感を覚え、端麗な面輪を睨み上げると、リオンハルトが悪戯を見つかった子どもみたいな顔で苦笑した。
「実は、きみの招待状だけ、三十分早い時間を指定して送ったんだ」
「えぇっ!? どうしてそんなことを!?」
責める俺の声に、リオンハルトが
「どうしても……。きみの愛らしい姿を誰よりも早く見て、少しの間だけでもひとり占めしたくてね」
リオンハルトの言い訳なんて、俺の耳にはロクにはいらない。
俺一人だけ三十分も早く……。ってことは、あとしばらくはリオンハルトと二人っきりってことか!?
ふざけんなっ! こっちはもう、砂糖攻撃で胸やけが大変なことになってるってのに……っ!
さっきから、心臓がどきどきしすぎて、自分が自分じゃないみたいな気がする。
これ……っ、もしかして、リオンハルトの砂糖攻撃にやられて感覚が変になってるとか、そういうワケじゃないよなっ!?
不安のあまり、半泣きになりながらリオンハルトを見つめると、甘やかな笑みが返ってきた。
「昔、会った時も、そんな顔をしていたね。うまく花冠が作れなくて、哀しくて……。きみのそんな顔が、どれほどわたしの心をかき乱し、きみのためならばどんな願いも叶えたくなるか……。知らないだろうね?」
リオンハルトの手のひらが、そっと俺の頬を包む。
この手を振り払わなければと思うのに、碧い瞳に魅入られたように身体が動かせない。
リオンハルトがそっと俺を抱き寄せる。濃く
頬にふれていたリオンハルトの指先が、俺の髪に飾られたヴェリアスから贈られた髪飾りをかすめるように撫でる。
「今なら、この金の髪に似合う薔薇の花冠でも、お姫様のティアラでも、きみが望むままに贈ることができるよ? わたしの可愛いお姫様」
髪から
碧い瞳が間近に迫り――、
「ざーんねん♪ ハルちゃんの髪はもう、オレが贈った髪飾りで彩られてるんでね♪ それ以外はお呼びじゃないのさ♪」
不意に、軽やかな声と同時に、ぐいっ、と後ろに引き寄せられる。
リオンハルトの腕が外れた俺は、別の誰かの腕に抱きしめられていた。
ふわりと鼻をくすぐるスパイシーなコロンの香り。
口調自体はいつもと同じふざけた口調なのに、怒りを
振り返らずとも、俺をリオンハルトから引きはがしたのが誰なのか、瞬時に悟る。
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