166 抜け駆けはナシだぜ


「ヴェリアス……!? どうしてここに……っ!?」


 まさか、ヴェリアスが現れるとは思ってもいなかったのだろう。リオンハルトが驚愕の声を上げる。


 くつり、とヴェリアスがこの上なく楽しげに喉を鳴らす音が聞こえた。


「えーっ、リオンハルトの邪魔をするために決まってるじゃーん♪ 昨日はオレ達を誰も王城に泊まらせないように必死だったしさ? それに、妙に浮かれてる様子だったし……。これは何かあるに違いないとひらめいてさ♪ ――抜け駆けはナシだぜ、リオンハルト」


 ヴェリアスの声が、刃のように鋭く、低くなる。

 俺に向けられたわけじゃなにのに、反射的にびくりと身体が震えてしまう。


 リオンハルトが、がっくりと肩を落としてうなだれた。


「すまない……。言い訳をする気はない。ホストであるのをよいことに、皆に先んじてハルシエル嬢の姿を見ようと……。怒られて当然だ。悪かった」


 がばり、とリオンハルトが潔く腰を直角に曲げて謝罪する。


 まさか、第二王子であるリオンハルトが、こうも素直に謝罪すると予想だにしていなかった俺は、思わず固まり、まじまじと金のつむじを見つめる。


 うっわ、リオンハルトの髪って、ほんとさらっさら……って! 違う!


「いやまあ……。そー、素直に謝られたら、こっちも許すしかないんだケドさー」


 ヴェリアスも気勢がそがれたのか、さっきまでの怒気はどこへやら、気の抜けた声で呟く。


 ってゆーか!


「ヴェリアス先輩! 割って入ってくださったのは助かりましたけど、いい加減、放してくださいっ! いつまで抱きついてるんですかっ!」


 俺は後ろから抱きしめたまま、腕をほどこうとしないヴェリアスから逃げようと、じたばたともがく。


 だが、黒いタキシードに包まれたヴェリアスの腕は緩まない。それどころか、逆にさらにぎゅっと抱きしめられる。


「まったまた~♪ ハルちゃんったら照れちゃって♪ 格好よかったデショ? ハルちゃんを颯爽さっそうと助けるオレは♪」


「何を言ってるんですか! 格好よかったも何も、後ろじゃないも見えてませんっ! ヴェリアス先輩の格好よさなんてどうでもいいですから放してくださいっ!」


「うっわ、ハルちゃんひっど! さすがにそれはオレでも傷ついちゃうな~」


 全然傷ついてなさそうな調子で告げたヴェリアスの声が、不意に近くなる。


「ひゃっ!?」

 ふっ、と耳朶じだに息がかかり。


「正直に言いなよ♪ 惚れ直しちゃったんだろ?」


「なーにーをっ! 馬鹿なことを言ってるんですか!? そもそもヴェリアス先輩にはこれっっっぽっちも惚れてませんからっ! 惚れ直すこと自体ありえませんっ! わかったら放してくださいっ!」


 力づくでほどこうとするものの、哀しいかな、非力なハルシエルの力では、ヴェリアスには敵わない。


 と、リオンハルトがヴェリアスの腕を掴む。


「ハルシエル嬢が嫌がっているだろう? いい加減、放せ」

「そうです! 放してください!」


「えーっ、仕方がないなぁ~。まあ、あんまり暴れてせっかくの可愛い髪型が乱れたら困るしね」


 しぶしぶといった様子で、ヴェリアスがようやく腕を緩める。


 さっ、とヴェリアスとついでにリオンハルトとも距離を取った俺は、ヴェリアスのにやけ顔を睨みつけた。


「ヴェリアス先輩! 私がお礼状に鳳仙花のレターセットを送った意味、ちゃんと理解してくれてます!? 不用意にふれないでくださいっ!」


「えーっ、アレってさ~」


 ヴェリアスが紅の瞳を悪戯いらずらっぽくきらめかせながら首をかしげる。


「ホントはふれてほしいっていう気持ちの裏返しなんデショ? 表向きはふれないでほしいけど、本心ではオレにふれられて、心を縛っているしがらみを解き放ってほしいってゆー。大丈夫! ハルちゃんのツンデレな心情は、ばっちり伝わってるから♪」


 伝わってねぇ――っ!


 何だよその都合のいい解釈はっ! 俺の意図と一八〇度違ってるての!

 おいっ、リオンハルトもリオンハルトで「そうだったのか!」みたいな顔すんなっ!


 ヴェリアスの超解釈は、全く! 全然! これっっっっっぽっちも合ってねーから!


 何より……っ!


 ツンデレは俺じゃなくて、イゼリア嬢の専売特許だっ! 馬鹿野郎――っ!

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