164 きみはわたしのことは滅多に褒めてくれないのに


 言われた内容が理解できず、整った面輪を見上げたまま、ぽかんを動きを止めた俺に、リオンハルトが端麗な面輪をしかめたまま言を継ぐ。


「きみはわたしのことは滅多に褒めてくれないのに……。ディオスだけそんなに褒められているのを聞くと、切なくなってしまうな」


 リオンハルトがつないだ指先にきゅっと力を込める。

 どこかねたような声とまなざし。


 え、つまり……。


 ディオスだけ褒められたら悔しいから、リオンハルトも褒めろと!?

 子どもかっ、お前はっ!


「な、何をおっしゃっているんですか!? リオンハルト先輩も十分にすごいですよ! ええと、高校一年生から生徒会長をなさってますし、男女問わず生徒達からすごい人気ですし、先輩が通るだけで、いつも女生徒達から黄色い歓声が上がるじゃないですか!」


 面倒くせぇと思いつつ、リオンハルトの機嫌を取るべく、思いついた言葉を次々繰り出す。


 が……。なぜか、言うたびにリオンハルトがどんどん渋面になっていく。


 褒めてるのになんでだよっ!?


「……きみの目に映っているわたしは、そんな上辺だけのわたしだけなのかい?」


 リオンハルトが長いまつげを伏せ、うれいを帯びた吐息をこぼす。


 女性なら、誰もがこの愁いを晴らしてあげたいと思わずにはいられないだろう。哀

しげな面輪。


 と、両手で俺の手を握ったリオンハルトが、ぐい、と距離を詰めてくる。


「どうやったら、ディオスのようにわたしの内面もきみに見てもらえるようになるだろう? きみにもっとわたしを知ってもらうには……。今まで以上に、きみとふれあう時間を増やせばいいのだろうか?」


 却下――っ! さっきふれんなって言ったばっかりだろうがっ!


 ふれあいを増やすって、何を考えてるんだ、こいつは! 真逆じゃねぇか!


「そんな機会、増やしていただかなくて結構ですから! リオンハルト先輩のことだって、もう十分に存じ上げています! 王子様然としているわりに、実はぐいぐい来るところとか、むしろ来すぎるところとか、意外とディオス先輩やヴェリアス先輩と張り合う子どもっぽいところとか、物腰柔らかに見えて、かなり強引なところとか……っ! もうっ、私の心臓に悪いんですから、ほんとにやめてくださいね!?」


 掴まれていないほうの手でぐいぐいリオンハルトを押し返しながら言い返す。


 勢いがつきすぎて、ちょっと言い過ぎたかな、と告げた瞬間、不安を覚えたが……。


 いやなんでこの上なく満足そうな、イイ笑顔を浮かべてるんだよっ、お前はっ!


「きみの口から、こんなにたくさんわたしのことを聞けるなんて……」


 リオンハルトがとろけるような甘い笑みをこぼす。


「しかも、きみにしか見せない面を言ってもらえるなんて、この喜びをなんと表現したらいいんだろうか。嬉しくて、舞い上がってしまうよ」


 リオンハルトが握っていた俺の手を持ち上げたかと思うと、気持ちが抑えられないとばかりに、ちゅっ、とくちづける。


 だーかーら――っ! ふれんなって言ってるだろ――っ!


 っていうか、文句を言われてなんでこんなに嬉しそうなんだよっ!? リオンハルトって、もしかしてマゾの気でもあんのかっ!?


「リオンハルト先輩! もうさっきの約束を忘れられたんですか!? 手をつなぐだけって話でしたよね!?」


 ばくばくと喉から心臓が飛び出しそうなくらい、心臓が暴れている。


「すまない。だが、どうしても気持ちが抑えられなくて……」


 リオンハルトが俺の目を覗きこむようにして謝る。

 熱を宿したまなざしに、あぶられたように、俺の顔もますます熱くなる。


 っていうか近い! 近いよっ!


「本当のところを告白すると」


 甘く、そしてどこか照れたような笑顔のまま、リオンハルトが囁くように打ち明ける。


「きみが昔のことを思い出してくれたとディオスから聞いた時から、嬉しい気持ちがあふれて、ずっと止まらなくて……。早くきみに会いたくて仕方がなかったんだ。――わたしの『お姫様』」


 甘く囁かれた瞬間、ぼんっ、と思考が沸騰する。


 リ、リオンハルト……っ! ディオスだけじゃなく、お前まで……っ! やめろっ、その『お姫様』ってやつ……っ!


 身体中がむずむずして、今すぐ逃げ出したくなる。


 藤川陽の過去じゃなくてハルシエルの思い出だとしても、黒歴史を暴かれる恥ずかしさは心へのダメージがデカすぎる……っ!


「リ、リオンハルト先輩! 冗談はやめてくださいっ! お、お姫様だなんて……っ! ディオス先輩にも言いましたけど、もう小さい女の子じゃないんですから……っ! 自分がお姫様なんかじゃないことくらいわかっています!」


「……君さえ望んでくれれば、今すぐ『お姫様』になれるだろうけどね?」


 リオンハルトが思わせぶりにくすりと笑う。


「幼い頃はあんなにお姫様に憧れていたのに。今はもう望んでいないのかい?」


「はいっ! もうお姫様に憧れる年頃は過ぎましたから! 今の私の目標は、自立した立派な大人になることですから!」


 こくこくこくっ、と大きく頷き、リオンハルトの言葉を否定する。


 なんか、ここでうっかり同意したら、危険極まりない沼に落ちていきそうな気配がひしひしとする……っ!


 俺はお姫様になりたいなんて、これっぽっちも思ってねぇっ! むしろ、イケメンどもとは無縁の人生を送りたいんだよっ!


 それでイゼリア嬢と仲良くなって、あわよくば親友ポジションをゲットして、一生のおつきあいを……っ!


 それが俺の目標なんだよ――っ!

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