158 花言葉は、「初恋」と「陶酔」
不機嫌に吐き捨てられた言葉に、目が点になる。
はああぁぁっ!? 愛の告白って……っ!? 誰がっ、誰にっ!?
「なっ、何を馬鹿なことを言ってるんですかっ!? そんなこと、するわけないでしょう!?」
冗談としても、タチが悪すぎるっ!
思わずクレイユを睨み返すと、もう一度、特大の溜息をつかれた。
「……やはり、わかっていなかったか」
何だよ!? どういうことだよ!?
わけがわからないと言いたげな俺の表情を読んだのか、三度目の溜息をついたクレイユが、口を開く。
「爵位は持っているとはいえ、社交界とは縁のないきみが知らないのも無理はないが……。貴族相手に花や、花の絵柄が入った手紙を送る時は、花の種類や色に注意したほうがいい。たとえば」
クレイユが俺の手を握っていないほうの手で、さっき俺が手に取ろうとした薔薇の絵柄のレターセットを指し示す。
「薔薇は王家の家紋にも使われていて、王家の象徴だ。しかも、赤い薔薇の花言葉は「愛情」……。つまり、このレターセットでリオンハルト先輩に手紙を送れば、好きだと告白していると受け取られかねない」
「ひえっ!」
恐ろしすぎる事態に、おれは思わず悲鳴を上げて、一歩後ずさる。
俺がリオンハルトに愛の告白っ!? なんだよその悪夢!
薔薇園でのお茶会だから、安易に薔薇の絵柄を選びかけたけど……。とんでもない過ちを犯すところだったぜ!
っていうか、ランウェルさん、マルティナさん! そういう危険極まりない情報は、ちゃんと事前に教えておいてっ!?
「ありがとう、クレイユ君! 親切に教えてくれて……っ! おかげで助かったわ!」
湧きあがる感謝の気持ちを素直に口にすると、クレイユがうっすらと頬を染めて微笑んだ。俺の手を握ったままの指先に、きゅっと力がこもる。
「きみがリオンハルト先輩達にそんな手紙を出すのを、わたしが引き止めないわけがないだろう?」
どこか挑戦的な光を宿した、蒼い瞳。
そうだよな! 俺がうっかりエキューにも誤解を招くような手紙を出したら、クレイユだって機嫌を
「じゃあ、花の絵柄は避けたほうが無難なのかしら……?」
俺の呟きにクレイユが「そうだな」と同意する。
「高位の貴族の家紋には、花が取り入れられていることがおおい。その家の花の絵柄を送ると、特別な感情を持っていると思われかねないし、他家を象徴する花だと、逆に挑発していると受けとられる危険もある。避けておいたほうが無難だろう」
と、不意にクレイユが俺と視線を合わせ、甘く微笑む。
「ああ。
「金木犀? その花には何か意味があるんですか? お礼状に適しているとか……?」
小首をかしげた俺に、クレイユが微笑んだまま答える。
「花言葉は、「謙虚」。あとは「真実の愛」や「初恋」、「陶酔」と言った意味がある。そして……。わたしの家、カルミエ家の家紋の花でもある」
「ちょっと! さっき家紋の花は避けたほうがいいって教えてくれたのはクレイユ君でしょう!? もうっ、冗談はやめてよね!」
頬をふくらませて抗議する。
それに、いつまで手をに握ってるんだよ!? いい加減に放せ!
俺は乱暴にクレイユの手から自分の手を引き抜く。
「あれ? でも、高位の貴族にその家を象徴する花があるなら……。イゼリア嬢のゴルヴェント家にもあるっていうことですよね!? どんなお花なんですか!?」
勢いこんで尋ねた俺に、目を瞬かせたクレイユが、あっさり教えてくれる。
「ゴルヴェント家の花は鈴蘭だが……? ちなみに、花言葉は「純粋」だ」
「鈴蘭! 愛らしいイゼリア嬢にぴったりなお花ですね! 花言葉もイゼリア嬢にぴったりです!」
愛らしい鈴蘭を手に微笑むイゼリア嬢の姿を想像して、うっとりする。
「まあ、鈴蘭はあの可愛らしい見た目に反して、有毒植物なんだが……」
クレイユが気まずそうに言う。
「ええっ!? そうなんですか!?」
「ああ。確か、花や根、葉など、全体に毒があったと記憶しているが……」
「へぇ~っ、クレイユ君って物知りなんですね。あんな可愛らしい鈴蘭の花に毒があるなんて、全然知りませんでした」
でも、可憐な見た目に反して毒があるっていうのは、悪役令嬢としてツンが強いイゼリア嬢には、ある意味、ぴったりだよなっ!
よし! これから何か買うときは、できるだけ鈴蘭のモチーフで揃えていこう……っ!
家紋に使われてるっていことは、きっとイゼリア嬢も鈴蘭がモチーフの物を持ってるだろうし。
俺も持つようになったら、ひょっとしたら、おそろいになったりする可能性もあるかも……っ!?
きゃーっ、考えただけでどきどきしちゃうぜ!
クレイユとばったり会った時には、げっ! て思ったけど、うっかりやらかしかけた危険な間違いを注意してくれたし、イゼリア嬢の新情報も教えてくれたし……。会えたのは、意外とラッキーだったかもしれない。
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