157 きみが愛の告白をしたいとは思わなかったな


「大丈夫。とっても素敵だったわ。完璧なコーディネイトだったもの」


 いや、正直、俺は女の子の服装、しかもこれまで縁のなかったドレスや小物類のよしあしなんてわかんないんだけどな。


 でも、箱を開けたマルティナさんが、


「なんて素敵なんでしょう! これを着たハルシエルちゃんを見るのが楽しみだわ~っ! ああっ、髪型はどうするのか、お化粧はどんな感じにするのか、今からしっかりマーサと考えておかなくっちゃ!」


 と、当事者である俺より大興奮で華やいだ声を上げていたから、文句なしなコーディネイトなんだろう。


 リオンハルトが贈ってくれたドレスは、淡いピンクのスカートがふわりとしたドレスで、紅色で細やかな薔薇の刺繍がいくつも施された可憐極まりないドレスだった。


 クレイユが言った通り、五人で打ち合わせをしたんだろう。小物類も、ピンクを基調に薔薇のモチーフがついたものばかりで、統一感もばっちりだった。


 俺が着るのでさえなければ、男の俺でも思わず見惚みほれてしまうような、見事な品々。


 うん、ハルシエルが着たら、お人形みたいに可愛いんだろうってわかる。想像力貧困な俺でも思い描ける。けど!


 外見は可愛いハルシエルでも、中身は平々凡々な男子高校生なんだよ――っ!


 イケメンコーディネイトのピンクのドレスで着飾るなんて、悪夢でしかねえよっ!


 心の中で血を吐くような叫びを上げる俺の内心など知らぬクレイユが、ほっとしたように表情を緩める。


「そうか。きみが気に入ってくれたのなら、これほど嬉しいことはない。安心したよ」


 クレイユがとろけるような笑みを浮かべる。


 なぜかは知らないが、今日のクレイユはいつもより表情が豊かな気がする。

 夏休みで人目もないし、リラックスしてるからなんだろうか……?


 いや、クレイユに限ってそんな殊勝なことはありえないか。同じ一年生とは思えないくらい、上級生の前でも常に堂々としているクレイユだもんな。


「じゃあ、お礼も言えたし、私はこれで……」


 ここに長居したらロクなことがない気がする。


 レターセットは買えていないけど、「気に入るのがなかった」とでも言って、近所の雑貨屋さんで適当なのを買おう。


 落としてしまったペンを拾い、そそくさと立ち去ろうとした俺は、不意にクレイユに手を掴まれた。


「どこへ行く? まだ用は終わっていないんだろう?」


「え?」

 まるで俺の心の中を見透かしたような言葉に、呆気あっけにとられる。


「簡単な推測だ」


 と、クレイユが眼鏡の奥の瞳をきらめかせた。


「わたしはよくこの店を利用しているが、きみとは一度も会ったことがない。ということは、きみは今日、特別な用があって、いつもは利用しないこの店へ来たということだ。ふだんは庶民的な文具を使っているきみが、高級品を扱うこの店へわざわざ来た理由……。先ほど、靴のお礼を言われたということは、プレゼントへのお礼状を書くためにレターセットを買いに来たというのが、妥当な推理だろう?」


 立て板に水とクレイユが説明する。


「だが、まだきみはレターセットを買った様子がない。ということは、まだ用事は済んでいないのだろう?」


 まったくもってその通りだよ!


 クレイユの洞察力には感心するけど、ここで発揮されても嬉しくもなんともない。


 っていうか、その洞察力を、俺が今すぐここから帰りたがっていることに発揮しろ――っ!


 せっかく電車でここまで来たんだから、素直に肯定してレターセットを買って帰るべきか、あくまでも違うと言い張って帰るべきか……。


 一瞬、悩んだ俺の隙を突くように、クレイユが手をつないだまま、歩き出す。


「えっ!? あの、ちょっと……っ」


 驚いて声を上げた俺に、


「レターセットを探しているんだろう?」

 と、俺の手を引っ張って歩きながらクレイユが言う。


「不慣れなようだし、案内しよう」


「い、いえ……。悪いから……」


 遠慮する俺に構わず、クレイユがずんずん進んでいく。手をつながれた俺も、渋々ついていくほかない。


 けど……。小さい子どもじゃあるまいし、手なんかつながなくていーから! 口で言ってくれたらわかるよ!


 クレイユのこの意外な面倒見のよさは、いつもエキューのそばであれこれ世話を焼いている影響なんだろうか……? いや、別にエキューも頼りないってわけじゃまったくないけど。


「そういえば、今日はエキュー君は?」


 手をつないでいるというシチュエーションが、ごほうびデートのことを思い出させて、わけもなく妙にどきどきする。


 って、男と手をつないでどきどきするなんて、ありえねーからっ!


 自分で自分にツッコミつつ尋ねると、クレイユが振り返りもせず答えた。


「エキューは今日は、陸上部の練習で学園に行っている。……エキューに、会いたかったのか?」


 クレイユの声が微妙に低くなる。


「ううん。いつも一緒にいることが多いのに、珍しいなと思っただけだけど? エキュー君もいるなら、バッグのお礼を言いたかったし……」


 俺はあわててぷるぷると首を横に振る。

 また、番犬のクレイユにからまれちゃかなわない。


「……そうか」


 ぶっきらぼうに呟いたクレイユが棚の角を曲がる。そのままいくつかの棚を通り過ぎ。


「ここだ」


 とクレイユが足を止めたのは、色鮮やかなレターセットが整然と並ぶ一画だった。


 うぉっ、予想以上に、いろんなレターセットがあるな……。

 この中から選ばなきゃいけないのかと、思わずうんざりする。


「かなり種類があるんですね……。うーん、どれにしよう……?」


 気圧けおされながら、クレイユがようやく放してくれた手を棚に伸ばす。


 こうなったら、ぱぱっと決めて会計を済ませて、とっととクレイユと別れよう。


 たまたま目についた、プレゼントされたドレスによく似た淡いピンクの地に、赤で薔薇のイラストが印刷されたレターセットを手に取ろうとして。


「待て。本気でそれを選ぶ気か?」


 はしっ、とふたたびクレイユに手を掴まれる。


「え?」


 俺を見るクレイユの怜悧れいりな面輪は、責めるようにしかめられている。


 何だよいったい!? 目についたのを取ろうとしただけだろ!?


「このレターセットが、何かまずいんですか?」


 言い返すと、クレイユの細めの眉がますますきつく寄った。「はあぁっ」と、嫌味っぽく溜息までつかれる。


「きみがリオンハルト先輩に愛の告白をしたいとは思わなかったな」

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