156 なんでイケメンどものために、わざわざ出かける必要があるんだよ!?


「ったく、なんで俺がイケメンどものために、わざわざ出かける必要が……」


 ぶちぶちと文句を言いながら、俺は百貨店のエスカレーターを上っていく。

 目指すのは六階にある文具店売り場だ。


 シノさんがイケメンどもからのプレゼントを置いて帰った直後、ランウェルさんに、「すぐにリオンハルト殿下たちにお礼状を返すように」と言われたのだ。


 が。金で箔押しされた便箋に返事を書けるような立派なレターセットがオルレーヌ家に常備されているわけがなく。


 いや、一応、ランウェルさんがふだん使っている家紋入りのレターセットはあったんだが……。


 家紋がワンポイントで入っている以外は白の無地に罫線が入っているだけという便箋は、リオンハルトの招待状に比べるとあまりに貧相すぎて、ランウェルさんに、


「お金は出すから、お前好みの女の子らしくて可愛いレターセットを買ってきなさい!」

 と、半ば強引に家を追い出されたのだ。


(五人に直筆でお礼状を書かなきゃいけないなんて……。考えるだけでめんどくせぇ……)


 ちなみに文面についても、失礼のないように、ランウェルさんとマルティナさんのチェックが入ることになっていて、ますます面倒くさい。


 くそーっ、こんなことになるんなら、ほんと、突き返しておけばよかったぜ……。

 悔やむが、もう後の祭りだ。


 というわけで、俺はわざわざ電車に乗って、一人で百貨店に来ているのだが……。


 女の子らしい可愛いレターセットって、どんなのを買えばいいんだ……?


 とりあえず、ピンクで花柄とかそんなの? でも、イケメンどもに可愛いピンクのレターセットで手紙なんか出したくねぇ……っ。


 重い気持ちと足取りで文房具店に入る。初めて来たお店だが、ランウェルさんがわざわざここで買ってくるようにと指定しただけあって、店内はかなりの広さと品ぞろえだった。


 高級品も扱っているらしく、ちょっといいなと思ったペンを見て見れば、値札に書かれている金額も、俺がふだん使っている文房具とは一つけたが違ったりして心臓に悪い。ランウェルさんが事前にお金を渡してくれた意味を理解した。


 でも、文房具ってこんなにいろいろあるのか~。


 別に文房具に興味があるわけじゃないが、整然と並べられた多種多様な商品に、ちょっとテンションが上がる。


 あ、そういえば、シャーペンの芯がもう切れそうになってたんだよな~。最近、ロイウェルに勉強を教えるのによく使ってたし。ついでに買っていこう。


 聖エトワール学園にある売店でも、もちろん文具類は売っているが、夏休みの今は学校に行く用事もないし。そもそも売店に置いてる商品は高級品ばかりで値段がやたらと高いし! 俺がいつもノートなどを買う場所は、近所の雑貨屋さんだ。


 初めての広い店内を、シャープペンシルの芯とレターセットを探してうろうろしていた俺は、商品棚の角を曲がった瞬間、凍りついた。


 さまざまな色のペンが美しく並べられた棚の前に立っていたのは。


 ク、クレイユ……っ! なんてお前がこんなところにいるんだよ――っ!?


 休みの日までイケメンどもに会ってたまるか!

 逃げよう。今はまだ、クレイユに気づかれていない。今なら逃げられる!


 即座に判断した俺は、クレイユから視線を外さぬまま、そっと後ずさろうとした。が。


 緊張していたせいか、後ろに出した足が、軽く棚にぶつかる。

 かちゃっ、とペンが一本床に落ちる。


 まずい! と思った時にはもう、遅い。


 こちらを振り返ったクレイユと、ばっちりと目が合った。


 クレイユが意外なものを見たとばかりに、眼鏡の下で目をまたたかせる。


「ハルシエル嬢……。こんなところできみに会えるなんて、奇遇だな」


 クレイユがにこりと微笑む。ふだん、あまり表情を変えないクレイユにしては、珍しいにこやかな笑み。


 いや、俺はばったり会いたいなんて、まったく思ってなかったけどな!


 なんで初めて来た店なのに、俺が来たタイミングでクレイユもいるんだよ……っ! イケメンどもからのプレゼント攻勢で、今日はもう、精神力がごりごり削られてるっていうのに……っ!


 できることなら、このまま回れ右をして帰りたい。


 が、そんなことをできるはずもなく。


「ほんと、奇遇ですね」

 でも、もう私は帰るので……、と続けかけ。


 一応、プレゼントのお礼を言っておかないとと思い出す。


 ほんとは、礼を言うどころか、今からでも突き返してやりたいけどなっ!


 が、もう開けちゃったので返すのも不可能だ。


「えっと……。靴をいただいて、ありがとうございました」

 高価なプレゼントには違いないので、丁寧に頭を下げる。


 よしっ、直接顔を見て礼を言ったから、クレイユにはお礼状を出す必要もないよな! 不幸中の幸いだと思っておこう。


 俺の言葉に、クレイユの気配が戸惑ったように揺れる。


 下げていた頭を上げると、珍しく、不安そうな表情をしたクレイユと視線がぶつかった。いつも自信に満ちたクレイユには珍しい、頼りなげな表情。


「その、気に入ってもらえただろうか……? 女性に贈り物をしたことなんてなかったら、心配で……。一応、先輩方やエキューにも相談にのってもらったんだが」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る