155 こんな高価そうなものをいただく理由なんてありませんっ!


 嫌だっ! そんなの絶対に受け取りたくねぇ――――っ!


 俺は、きっ! とシノさんに強い視線を向ける。


「せっかく届けてくださったのに申し訳ありませんが、これらは受け取れません! そもそも、こんな高価そうなものをいただく理由なんてありませんから!」


 あいつらからのプレゼントなんて、受け取ったらどんなフラグが立つか……っ! 恐ろしすぎるっ!


 きっぱり断った俺に、シノさんが困ったように「ですが……」と口を開く。


「これらの品々は、ハルシエル様が気兼ねなくお茶会に参加できるようにという、リオンハルト様をはじめとした皆様のご厚意でございます。その、まことに失礼ではございますが、オルレーヌ家の経済状況では、王宮のお茶会に着ていかれるためのドレスやこまごまとした品をあつらえられるのは難しかろうと……」


「なんと! 我が家の財政までおもんぱかってくださるとは……っ!」


 感動に満ちあふれた声を上げたのはランウェルさんだ。


 いや、ちょっと待って!? これ、オルレーヌ家はドレスも用意できないくらい貧乏って言われてるも同然だから! それを喜んでいいワケ!?


 ……いやまあ、確かにオルレーヌ家はその辺の一般家庭よりちょっと裕福ってくらいのレベルだから、いきなりドレスだのなんだのを用意しろって言われても無理だけどさ……。


 本来なら、贈り物に狂喜乱舞するところなんだろうけど……。贈り主がイケメンどもだと思うと、どうしても素直に喜べねぇ……っ!


「贈っていただきながら、こんなことを言うのは失礼だって百も承知ですけれど、でも、本人になんの承諾もなしに、こんな高価なものを贈られても困ります! あまりにも心苦しくて……」


 ハルシエルの両親の手前、あくまでもやんわりと断ろうとすると、シノさんがきょとんと目をまたたかせた。


「何をおっしゃいます。贈り物をすると決まった場には、ハルシエル様もいらっしゃって、同意なさっていたではありませんか」


 ……へ?


 目を丸くした俺に、シノさんが説明する。


「終業式の日に、生徒会室でエル様も含めてお茶をいただいた時に……。夏休みのご旅行の話をされて、その後……」


「あ――っ!」

 思わず大きな声が出る。


 そういや、俺がイゼリア嬢との合法お泊りに浮かれてる横で、なんかお茶会の話題が出てた気がする……っ!


 イゼリア嬢とのお泊りに妄想をせていた俺は、まったく聞いてなかったから適当に頷いてたけど……。


 ええっ!? そんなこと話してたのかよっ!?


 そこで俺はふと思い出す。


 終業式の日、生徒会でお茶会をした時の姉貴の上機嫌な笑顔を……。なんであんなに機嫌がよかったのか、今わかったぜ!


 姉貴め! 俺がイゼリア嬢とのお泊り妄想に意識を持っていかれてる間に、イケメンどもとちゃっちゃと話をまとめて既成事実を作りやがったな!? 俺がうぇっへっへっへ……。と妄想にふけっている間は、ロクに話を聞かないとふんで!


 くっそ――っ! 腹黒腐れ大魔王めっ! 俺を罠にはめやがって――っ!


 姉貴への憤りに任せて、イケメンどもからのプレゼントを突き返そうと口を開こうとし――、


「まあっ! ドレスや小物類までプレゼントしてくださるなんて! なんて素敵なんでしょう!」


 マルティナさんが華やいだ声を上げる。


「確かに、情けない話だが、オルレーヌ家の財力では、王宮のお茶会にふさわしい装いを用意するのは厳しいですので……。リオンハルト殿下のお気遣いには感謝しかありません」


 ランウェルさんまで、シノさんに丁寧に頭を下げる。


 ええっ!? ランウェルさんもマルティナさんも、受け取る気満々なの!?


 ロイウェルまでが、


「どんなドレスなんだろう? でも、姉様だったらきっと、何を着ても素敵だよね! 僕、見るのが今から楽しみだな」


 と、笑顔で思いをせている。


 三人の言葉を頷きながら聞いていたシノさんが、にっこりと微笑んだ。


「もちろん、こちらの品々は返していただく必要のない贈り物でございます。サイズもハルシエル様にぴったりにあつらえておりますから。謙虚なハルシエル様のこと、高価な品を受け取るのが心苦しいとおっしゃるかもしれませんが、一学期の間、外部入学で慣れぬ学園生活に励みながら、生徒会役員としても活躍してくれたごほうびだと……。ですので、遠慮せずに受け取っていただきたいというのが、リオンハルト様をはじめとした皆様のお言葉でございます」


「おおっ、そこまでお気遣いいただけるとは……。さすが、ゆくゆくはこの国を背負って立つ方々でございますな」


「本当に、こんなよくしてくださって……。ハルシエルちゃんは、素敵なご学友の方々に恵まれて幸せね」


 ランウェルさんとマルティナが口々に感嘆の声を上げる。ロイウェルも黒い瞳を輝かせていた。


「やっぱり、聖エトワール学園って名門校なんだね! 僕も来年、姉様に続いて入学できるように、しっかり勉強しなきゃ……!」


 おおおっ! ロイウェルがやる気に……! お姉ちゃんは嬉しいぞ! せひとも来年は聖エトワール学園に入学して、イゼリア嬢の弟君と親友に……っ!


 っていうか、この状況でプレゼントを突き返すのは、無茶苦茶やりにくい……っ!


 シノさんもなんか、それ見たことかとドヤ顔してるし!


 くそっ、俺一人じゃ突き返されると踏んで、わざわざマルティナさん達がいる時間帯を狙ってきただろ!?


 これ、百パーセント姉貴の入れ知恵だな……っ!?


「み、皆様のお心遣いはありがたいのですが……。でも、経済状況からという理由なら、プレゼントをいただくのは私だけなのでしょう? そんなの、イゼリア嬢に申し訳なさすぎます……っ!」


 たぶん無理だろうと知りつつ、俺は最後の抵抗を試みる。


 っていうか、俺だけこんなにプレゼントをもらったら、イゼリア嬢だっていい気分はしないだろう。


 イケメンどもめ! もしイゼリア嬢の好感度が下がったりしたら許さねーからな!

 だが、俺の最後の抵抗にも、シノさんは悠然と微笑む。


 それを見た瞬間、俺はシノさんの台詞を聞く前に敗北を悟った。


「わたくしが何のために、先にゴルヴェント家へ参ったとお思いでございますか? イゼリア様からは、「わたくしがその程度で目くじらを立てるとでも? みっともない格好で来られて、リオンハルト様にご迷惑がかかっては大変ですもの。せいぜい着飾っていらっしゃればよろしいわ。まあ、中身が雑草では、どんな可憐なリボンで飾ったところで、ブーケとは呼べないでしょうけれど! よいところ藁束わらたばですわね!おーっほっほ!」とのお言葉をいただいております」


 詰んだ……。もうこれ、どう考えても受け取るっていう選択肢しかない……。


 っていうか、シノさん、イゼリア嬢の物真似、ちょー巧いな!? 高笑いをぜひもう一度!アンコールプリーズ!


 どうあがいてもイケメンどもからのプレゼントを受け取らざるをえないと悟った俺は、現実から目を逸らすべく、シノさんから告げられた言葉を、脳内でイゼリア嬢の声に変換してリフレインしていた……。

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