159 選んだ花言葉は――。


「じゃあ、お礼状に鈴蘭の花を使うというのも……」


 俺はクレイユの顔をうかがいながら、鈴蘭の花の絵柄のレターセットにそろりと手を伸ばす。クレイユが苦い顔で頷いた。


「避けたほうがいいな。イゼリア嬢が使っている可能性が高い。同じ柄を使われては、イゼリア嬢も快く思わないだろう」


「じゃあ、やめておくわ!」


 イゼリア嬢の好感度をこれ以上下げるワケにはいかないと、俺は即座に頷いて手を引っ込める。


 ちぇーっ、俺がイゼリア嬢にご執心だというのを、それとなく伝えるいい方法かと思ったんだが……。なかなか難しいな。


「じゃあ、どんな柄が無難なのかしら? いっそのこと、花柄じゃなくて、水玉とかストライプとか、そちらのほうがいいの?」


 イケメンどもに誤解を生まないレターセットなら、もう、なんでもいいんだけど……。


 この際、クレイユをアドバイザーにして、勧められたのを買う気で尋ねると、


「花言葉に詳しくないのなら、そちらのほうがよいかもしれないな」


 とOKが出た。


 花言葉……。うんっ、男子高校生だった俺が、そんなもん、知ってるわけがねえっ!


 もし知ってるんなら、「迷惑」とか「寄ってくんな!」とか、そういう花言葉の絵柄を選んで送るぜ!


 と、ふと記憶に引っかかるものがある。


 そういや昔、なんか似たような花言葉を聞いた記憶があるような……?


 あっ、あれだ! 小学校の頃、理科の授業でひとり一個、プランターで育てたやつ……!


 確か、あの花言葉は……。


「クレイユ君。鳳仙花ほうせんかの絵柄って、どれかわかる?」


「鳳仙花?」

 不思議そうに呟いたクレイユが、しばし棚を見回し、


「ああ、これだな」

 と、淡い緑の地に、パステル調の赤い花が描かれたレターセットを指し示す。


「ありがとう。じゃあ、このレターセットにするわ!」


 即決して手に取ると、クレイユが、ふ、と口元をほころばせた。


「鳳仙花……。花言葉は「私にふれないで」か」


「そう! この花言葉は私も知っていたの!」


 うん! イケメンどもに対するメッセージとしては、これ以上なく最適じゃね!?


 俺はイケメンどもに寄ってこられたいなんて、欠片も思ってないからなっ! むしろ寄ってくんなっ!


 お礼状の絵柄として使うのは不適切かもしれない。

 が、まぎれもなく本心だし、プレゼントをダシに話しかけてこようとするイケメンどもの牽制けんせいに、少しでも役立つかもしれない。


「クレイユ君、ありがとう! おかげで、いいものが選べたわ!」


 よし! これを買ってとっとと帰ろう!


 ぺこりと頭を下げて礼を言うと、不意に、クレイユに腕を掴まれ、ぐいっと引き寄せられた。


「きゃっ!?」


 よろめいた身体が、とすりとクレイユに抱きとめられる。ふわりと漂うすっきりとしたミント系のコロンの香り。


 驚いて見上げると、俺を見下ろすクレイユの真っ直ぐなまなざしと目が合った。


 とがめるような険しい視線に気圧されて、言葉を飲み込む。


「きみは、罪なことをするのだな」


 えっ!? 罪って……。鳳仙花の絵柄って、そんなにまずかった!?


 と、眼鏡の下の蒼い瞳を切なげにすがめたクレイユの手が、そっと俺の頬を包む。


「これほど愛らしいきみにふれてはならないとは……。どこまでわたしを悩ませる気だ?」


 いやふれてるっ! ばっちりふれてるから――っ!


 俺が! 鳳仙花を! 選んだ意味をしっかり理解しろ――っ!


 心臓がばくばくと騒いでいる。見なくても、顔が真っ赤になっているのがわかる。

 っていうかここ店内! 人前で何しやがる――っ!


「つ、罪というのなら、悪いことをしているのはクレイユ君のほうでしょう!? ひ、人前でこんな……っ! 私の心臓を壊す気なの!?」


 俺はクレイユの手を振り払うと、レジへ向かってダッシュする。


 いったいなんなんだよっ、クレイユの豹変ひょうへんはっ!?

 こんなとこ、一分だって留まっていられるか――っ!


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