146 ヒロインはイゼリア嬢に決まってるだろ!?
「ず、ずいぶん奥まで来たみたいですけれど……。劇場なんてものまであるんですか!?」
いつの間にか、周りの景色は俺が見た記憶がないものに変わっている。
一学期を学園で過ごしていても、見たことがない巨大な建物がひょいと出てくるなんて、どんなに広いんだよ、この学園……。
「ああ、やっぱりハルシエルはこの辺りまでは来たことがなかったか」
ようやく俺の頬から手を放したディオスが呟く。
「さっき言った通り、あれは劇場だ。演劇部が定期公演で使ったり、二学期に行われる文化祭では、舞台発表をするクラスが使ったり……。ああ、生徒会も毎年、文化祭では劇をするから、あそこで公演するぞ」
「えっ!? そうなんですか!?」
そういえば、リオンハルトルートをプレイした時にそれらしいイベントがあったような気がする……。
確か演目は『シンデレラ』だった気がするけど、でも微妙にストーリーや登場人物が違ってたんだよなぁ。
ディオスが父親役で、クレイユとエキューがそれぞれ兄と弟役。三人ともシンデレラを溺愛しすぎてて、「お嫁になんて行かずに、一生この家にいればいい!」って言い出すから、シンデレラが結婚相手を探しに、自ら舞踏会に行くっていう……。
薄幸のシンデレラはどこ行った!? って、プレイした時に思いっきりツッコんだ覚えがある。
ちなみに、ヴェリアスが魔法使い役で、王子役は当然ながらリアル王子様のリオンハルトだった。
王子様がそのまま王子役ってどうなんだよ!? それもう、演技じゃなくね!?
「あ、あの、もしかして……。もう、演目は決まっていたりするんでしょうか……?」
俺はびくびくとディオスに尋ねる。
いくら舞台の上だけのお芝居とはいえ……。
イケメンどもから、寄ってたかって砂糖まみれの台詞を吐かれた挙句、リオンハルトに大勢の観客の前で求婚されるなんて、絶対に嫌だ――っ!
生徒会メンバーで劇をするんなら、イゼリア嬢がヒロインの劇がいいに決まってる!
俺の問いに、かっぽかっぽとエクレール号を進めていたディオスがあっさり首を横に振る。劇場はゆっくりと木立ちの向こうに消えつつあった。
「いや、まだ決まっていないぞ。演目は生徒会のメンバーで話し合って決めるのが慣例だからな。ハルシエルを除け者にして決めるわけがないだろう?」
「そうなんですか? よかったぁ……」
知らない間にヒロインなんかにされてちゃかなわないもんな。
「ハルシエルは何か希望の演目があるのか? きみなら、どんなお姫様を演じても愛らしいだろうが……」
「いえいえいえっ! そんなわけないですよっ! 私なんかがお姫様だなんて、とんでもないです! お姫様役はイゼリア嬢に決まりですから!」
ディオスの言葉にぶんぶんぶん! とかぶりを振る。
お姫様役の適任は、イゼリア嬢をおいて他にいないだろ!?
見てみたいっ! 心から見てみたいぞ、イゼリア嬢のお姫様役! ああっ、きっとものすごく可憐だろうなぁ……。
「そんなことはないだろう? 体育祭の応援合戦の寸劇で、立派に『花の乙女』役を演じていたじゃないか」
俺をはげますかのようにディオスが穏やかに微笑む。
「そんなことはないですよ! あれは、ディオス先輩やエキュー君、ヴェリアス先輩の演技が巧みだったおかげで、私の下手な演技でもなんとか見られただけで……。応援合戦の成功は、ディオス先輩達の熱演のおかげです! クライマックスの立ち回りなんて、ほんとすごかったですもん! 思わず見惚れてしまいました!」
一瞬、ヴェリアスに頬にキスされた記憶まで甦りかけ、俺はあわてて心の奥底に押し込める。
ええいっ! そんな記憶は闇の彼方へと消え去っちまえっ!
心の底から称賛したにも関わらず、なぜかディオスが渋面になる。
「応援合戦のクライマックスか……」
「ディオス先輩?」
苦みを帯びた呟きに首をかしげると、ディオスがあわてた様子でかぶりを振った。
「いや、何でもないんだ……。おそらく、文化祭の演目のことは、旅行の時にでも話題に上がるだろう。もしやりたい演目があるなら、考えておいてくれ」
「はいっ! しっかり考えておきます!」
当然、ヒロインはイゼリア嬢だよなっ! うわ―っ、イゼリア嬢だったら、どんな衣装が似合うだろう!?
俺は脇役でいい……っていうか、むしろ大道具とかでいいから、すぐそばでイゼリア嬢の演技をじっくりと見たい……っ!
よし! これはイゼリア嬢に演じてほしい劇をしっかりと考えておかないとなっ!
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