138 待ちに待ったお肉だぜ――っ!
スープの皿を下げたシノさんが、新しい皿を持ってくる。
ああっ、なんか近づいてくるだけで、いい匂いが漂ってくる……っ!
シノさんが俺とエキューそれぞれの目の前に、白い大ぶりの皿を置いてくれる。
皿の中央には、でんっ、と大きなステーキが置かれていた。だが、それだけじゃない。ステーキの周りには、種類が違うと思しきお肉が三種類、配されている。他にも、マッシュポテトやグラッセされたにんじんやインゲンなど、目にも鮮やかな付け合わせが上品に盛られていた。
エキューがにこにこと説明してくれる。
「そういえば、ハルシエルちゃんの好きなお肉の種類を聞いてなかったなぁって思って。メインは牛肉にしてみたんだけど、いろんな種類があったほうが楽しんでもらえるかなと思って、ハルシエルちゃんから見て、左から鴨、鹿、猪って用意してみたよ」
「わぁ……っ! 鹿や猪って、食べるの初めて……っ!」
でもやっぱり、最初はメインの牛肉からだよなっ!
ナイフとフォークを手に取り、どきどきしながらステーキにナイフを入れる。
えっ!? なんか、すっ、て抵抗もなく切れたんだけど……!?
中心がほのかにレアな、絶妙な焼き加減の肉を口に運ぶ。
「っ!?」
口に入れた途端、目を
と、融けた……っ! 口に入れた途端、肉が融けたんですけど……っ!?
えっ!? 何これ何これ!? 前世でも今世でも、こんなお肉、食べたことないんですけど!?
どーいうことっ!? 融けるって……お肉ってアイスだったの!?
「どうしたの? ハルシエルちゃん?」
肉を口に運んだきり、衝撃のあまり固まってしまった俺に、エキューが不安そうに尋ねる。
「もしかして、気に入らなかった……?」
「違う! 違うのっ!」
俺はあわててぶんぶんぶんっ! とかぶりを振る。
「今まで食べたことがないくらいおいしいお肉だから、なんというか……。感動に、思考も身体も止まっちゃって……。ほんとにほんとにおいしいのっ!」
「そう? ならよかったぁ……っ」
エキューがほっとしたように表情を緩める。
俺はおずおずと、もう一度、肉汁あふれるステーキを口へ運んだ。
最初の時と同じように、口に入れて噛んだ途端、じゅわっと肉汁があふれ、口の中で融けていく。
肉の臭みはまったく感じない。むしろ、香辛料がほどよくきいたソースが次のひと口を誘惑してくる。
「お肉って、アイスだったのね……っ!」
感動のあまり呟くと、エキューがきょとんと首をかしげた。
「うん、お肉の後にはピンクグレープフルーツのソルベを用意してるけど? 先に出したほうがよかった?」
「ち、違うの! そうじゃなくて……っ」
何といえばこの感動がエキューにも伝わるのだろうかと、俺はない頭を必死に振り絞る。
「お肉がすっごく柔らかくて、口の中で肉汁と一緒にほどけて融けていくの! アイスみたいに! もう、びっくりしちゃって……っ! こんなおいしいお肉、食べたことがないわ!」
身を乗り出して熱心に説明すると、エキューが破顔した。
「すっごく気に入ってくれたみたいだね! 僕も気合を入れて準備した甲斐があるよ! よかったぁ~」
「そういえば、今日のお料理って、学食で?」
王子も通うセレブ校である聖エトワール学園を侮るなかれ。昼休みは時間が限られているため、フルコースこそメニューにないが、フォアグラを載せたステーキだの、大トロやイクラなどをふんだんに使った海鮮丼だの、ふかひれスープだの、高級食材をこれでもかと使った料理が供されているのだ。
もちろん、貧乏貴族の俺は、学食を利用したことなんか、一度もない。いつもマーサさん特製の手作り弁当だ。
だって、学食の一食分で、家族四人が外食できるくらいの値段がするんだぜ!? そんあの食えるかっての!
俺の言葉に、エキューはあっさり首を横に振った。
「ううん。ハルシエルちゃんとのせっかくのランチに妥協はできないからね! 今日は、よく行く三つ星レストランのシェフを呼んでるんだ」
……へ?
エキューの言葉に、思わず目が点になる。
たった二人の食事のために、いったいいくらかかってるんだよっ!? 可愛い癒しキャラだから忘れてたけど、やっぱりエキューもセレブなんだなぁ……。
けど、エキューがそこまで気合を入れて用意してくれたんなら、しっかり堪能しないとなっ! こんな高級なお肉、次はいつ食べられるかわかんないし!
俺は牛ステーキ以外に肉にもフォークを伸ばす。
鹿肉なんて、初めて食べるけど、どんな味なんだろう……?
おっ! 意外と癖がなくておいしい! 牛肉と違って、脂身が少なくてあっさりしている。香草が利いていて、肉の旨味を上品に引き立てている。
対して、猪のほうは野性味あふれる癖のある味わいだ。自然の旨味が濃縮されているというか。こういうのが、野趣に富んでいるっていうんだろうなぁ……。今まで、ジビエなんて食べたことがないけど。
鴨のほうは、少し甘めのソースがよく合っていて、これまたおいしい。
けど、やっぱり一番おいしいと感じたのは、やっぱり牛のステーキだ。
この、口の中に入れた瞬間に、肉汁と一緒にほどけていく食感! 脳内にどぱどぱとエンドルフィンがあふれてくる。
こんなステーキなら、何枚だって食べられそうだぜ!
「ハルシエルちゃんって、ほんとにおいしそうに食べてくれるね。ハルシエルちゃんの幸せそうな笑顔を見ていたら、僕まで幸せな気持ちになってくるよ!」
上品にナイフとフォークを扱いながら、エキューがにこやかに微笑む。
いや、どう考えても、エキューの笑顔のほうが、見る人を幸せにすると思うんだけど……。
「だって、本当においしいんだもの! こんなおいしいお肉だったら、何枚でも食べられそうだわ!」
身を乗り出して力説すると、「おわかりもあるよ」とエキューにあっさり告げられた。
えっ!? あるの!?
「ハルシエルちゃん、おなかいっぱい食べたいって言ってたでしょ? どのくらいの量が必要かわからなかったから、おかわりも用意しているよ? 正式なフルコースなら型破りだろうけど、今日はハルシエルちゃんに喜んでもらうためのランチだもん! おかわりが必要なら、遠慮なく言ってね!」
「ありがとう、エキュー君!」
エキュー……っ! なんて気が利くいい奴なんだっ!
たとえ、この後、腹いっぱいで動けなくなったとしても、俺はおかわりをするぜっ!
「じゃあ、せっかくだし、おかわりをいただいてもいいかしら?」
「もちろんだよ!」
大きく頷いたエキューが軽く右手を上げる。
と、待つほどもなくシノさんがおかわりの二皿目を持ってきてくれた。
えっ!? 早っ! 何っ、俺達、監視されてるの!? いやたぶん……ってゆーか、絶対盗撮されてるだろうだけど!
それとも、これがセレブの扱いというやつなんだろうか……。
ともあれ、せっかくのお肉が冷めてしまったらもったいないことこの上ない。
俺はいそいそと二枚目のステーキを口に運ぶ。
あーもーっ、おいしいっ! ほんとおいしくて幸せっ!
このお肉を食べるために来たんだと思えば、今日来た価値は十分にある。エキューには、ほんと感謝だなっ!
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