137 二人きりのランチに乾杯♪
「わぁーっ! おいしそう! 本当にいただいてもいいの!?」
めいいっぱいうさぎと戯れた後。
「ハルシエルちゃん、そろそろおなかが空かない?」というエキューの言葉に頷き、そばの水道で手を洗ってきた俺は、テーブルの上を見て歓声を上げた。
俺達が少し離れている間に、木陰のテーブルの上には花が飾られ、昼食がセッティングされていた。
「もちろんだよ。どうぞ」
エキューがさっと椅子を引いてくれる。
「あ、ありがとう……」
礼を言って腰かける。
なんというか、こんな風にさりげなくレディファーストなところは、さすがのイケメンっぷりだよなぁ。グラスに飲み物を注いでくれるさまさえ格好いい。
と、エキューの立ち居振る舞いに見惚れていた俺は我に返る。
「ご、ごめんっ、エキュー君につがせちゃって……!」
あわてて立ち上がろうとすると、笑顔で制された。
「気にしないで。僕がついであげたいだけなんだから。といっても、最初だけだけどね。食べ始めたら、給仕は別の人に任せるから」
「それならいいんだけど……」
エキューにずっと給仕をさせるなんて、申し訳なさすぎるもんな。
「はい」とエキューが渡してくれたグラスを受け取る。
「わぁ、綺麗……っ」
中に入っているのは淡い金色の飲み物だ。微炭酸なのか、細やかな泡が踊るようにしゅわしゅわと上へ昇ってゆく。
「僕のお気に入りのスパークリングワインなんだ。あっ、もちろんノンアルコールだから安心してね。ハルシエルちゃんを酔わせたりなんかしないから」
自分のグラスにもスパークリングワインをついだエキューが、俺の向かいに腰かける。
「とっても可愛らしいハルシエルちゃんと、二人きりでランチできる幸運に。乾杯」
エキューが洗練された仕草でグラスを軽く上げる。
きざな台詞に気恥ずかしくなるが、社交辞令を否定するのも野暮だろう。
「乾杯」
俺も軽くグラスを掲げてから口をつける。
「おいしい……っ」
しゅわしゅわと口の中で弾ける炭酸の軽やかな口当たりと、白ブドウのすっきりとした甘さ。
木陰だったとはいえ、夏の陽射しの中、遊びまわって、思ったより喉が渇いていたらしい。ついごくごくと飲み干してしまう。
「気に入ってくれたみたいで嬉しいな」
エキューがおかわりをついでくれる。
「ごくごく飲んじゃったけど……。エキュー君のお気に入りってことは、実はかなりお高いんじゃ……?」
今さら心配になるが、飲んでしまったものはどうにもならない。
「さあ、お料理のほうも食べよう! メインはもちろん、ハルシエルちゃんリクエストのお肉だからね!」
エキューの言葉に、「いただきます」といそいそとナイフとフォークを手に取る。
目の前のお皿には何種類もの前菜が彩りよく載せられていた。どれもおいしそうで、どれから食べるか迷ってしまうほどだ。
「これが揚げ茄子とイワシのマリネで、これがじゃがいもと鶏肉のサラダのズッキーニ巻き。こっちが鯛のカルパッチョの香草ジュレ添えで、その赤いのはパプリカのムースだよ!」
エキューがひとつひとつ丁寧に説明してくれる。
前世の俺はフルコースを食べた経験なんてないが、貧乏とはいえ貴族の娘であるハルシエルはひと通りのマナーを身に着けている。
俺はがっついて見えないように注意しながら、カルパッチョを口に運んだ。
口に入れた途端、ふわりとハーブの香りが広がり、噛むとぷりぷりした鯛の弾力が伝わってくる。もぐもぐと十分に味わって噛み下すと、思わず感嘆の吐息がこぼれた。
「おいしい……っ!」
こんなおいしい料理は、生まれて初めてじゃなかろうか。
と、テーブルの対面に座るエキューがほっとしたように笑みをこぼした。
「よかったぁ。ハルシエルちゃんが気に入ってくれたみたいで。安心したよ」
「うんっ、すっごくおいしい! ありがとう、エキュー君!」
「ハルシエルちゃんに喜んでもらえて、僕も嬉しいよ!」
二人でおいしいおいしいと言い合い、お互いに気に入った前菜を教えあったりしながら食べ終わったタイミングで、スープが運ばれてきた。
しずしずと盆を持って現れたのは――シノさんだ。
いや、ごほうびデートの場所が学園内だってわかった時から、絶対、姉貴とシノさんが盗撮しそうだとは思ってたけど! まさか、給仕として直接絡んでくるなんて!
「かぼちゃの冷製スープでございます」
シノさんが一部の隙もない所作で俺とエキューの前にスープを置く。
動作自体はいつものシノさんだけど……。ちょっ! 緩んでる! 別人みたいに顔が緩みきってるよ!
俺とエキューはただ単にランチをしてるだけだってのに、いったい脳内でどんな腐妄想をしてるんだよっ!?
ものっすごく気になるけど、俺の本能が、絶対に聞かない方がいいと訴えている……。
シノさんが下がり、俺は目の前にスープ皿に視線を落とした。
濃いオレンジ色のスープの表面には、生クリームで向かい合う二匹のうさぎが描かれていた。間にはハートマークも描かれていて、とても可愛らしい。
「可愛すぎて、飲むのがもったいないくらいね」
スプーンを手にしたままためらっていると、エキューがくすりと笑みをこぼした。
「そう言うハルシエルちゃんも可愛いけど、飲んであげない方が可哀想だよ?」
「もう、エキュー君ったら! 可愛いなんて……」
頬が熱を持つ。ごまかすようにスプーンでスープをかきまぜると、うさぎの形が崩れ、生クリームが綺麗なマーブル模様を描いた。
しまったと思うが、逆にこれで遠慮なく飲める。
一口飲むと、かぼちゃの濃厚な自然の甘味が口の中に広がった。なめらかに裏ごしされたスープはまるで絹のようだ。するすると喉を通ってゆく。ほどよい冷たさが心地よい。
「女の子は、かぼちゃや栗が好きだって聞いたから、かぼちゃにしてみたんだけど、どうかな?」
心配そうに尋ねるエキューに、「すごくおいしい!」と笑顔で答えると、エキューがほっとしたようにはにかんだ。
やっぱりエキューは可愛いな~っ!
そういや、姉貴も芋栗かぼちゃがすきだったっけ。いや、俺も嫌いじゃないけど。ほくほくした食感と甘みがおいしいよな~。
冬に家の前を焼き芋のトラックが通ったら、「買って来て!」って問答無用でパシらされたんだよなぁ……。
一度、何で自分で行かないんだよ!? って文句を言ったら、「女のコにはね、家を出る前にクリアしなきゃいけない関門がいくつもあるのよ! 服とかお化粧とか髪型とか……っ! わかったら、とっとと行ってきなさいっ!」って蹴り出されたっけ……。弟を蹴り出す時点でもう、「女のコ」なんて可愛いモンじゃないと思うんだけど!?
しかも、寒風吹きすさぶ中パシらしといて、くれるのは芋の端っこちょっとだけだったし……。
そんな横暴極まりない姉貴に前世も今世も迷惑かけられまくってるって、俺、実はかなり不幸な弟なんじゃね!?
我が身を嘆いているうちに、スープを飲み終わる。
「次はハルシエルちゃんお待ちかねのメインのお肉だよっ! 魚料理も用意しようかなって思ったんだけど、女の子って少食だって聞いたから、今回はパスしたんだけど……。よかったかな?
「うん。私、あまり量を食べられないから……。気を遣ってくれて、ありがとう」
やった――っ! 待ちに待ったお肉だ――っ!
がぜんテンションが上がってくる。うんっ、今は魚はどうでもいいっ! 肉っ! お楽しみのお肉~~っ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます