98 ようやく詩集を……と思ったら?
「ええっと。詩集の棚は、と……」
クレイユに教えてもらった壁の案内板で、詩集が保管されているおよその位置を確認した俺は、うろうろと左右を見回しながら、立ち並ぶ本棚の間を歩いていた。
授業が終わって二時間近く経っているせいか、図書館の二階はほぼ無人だった。たまに本を探したり、読んでいたりする生徒を見かけるくらいだ。
窓の外では、夏の夕陽に雲が茜色に照り映えている。日中の明るい陽射しが
差し込む夕日に、本棚とその間の歩く自分の影が長く絨毯に伸びて、まるで本の森の迷路に迷い込んだような気分になってしまう。
「えーっと……」
本棚の片隅に取り付けられた、分類が書かれたプレートを頼りに、通路を奥へ進んでいく。
足元は絨毯が敷かれているので、自分の足音さえ聞こえない。独り言がやけに大きく通路に響く。
クレイユの言う通り、体育祭が終わり、期末テストが近づいている今、
奥に進むにつれ、人影を見なくなる。
本棚の上部につけられた分類を書いた小さな板を頼りに、広い図書館を奥へと進み。
「詩集は……。ここか」
隅の方の一画で、俺はようやく足を止めた。
(ここまで探して、お目当ての詩集がなかったらショックだよな……)
その時は、自宅の最寄り駅から数駅先の駅前にある。大きな本屋まで足を伸ばそう。
そう思いながら、本棚を曲がった途端。
「っ!?」
思いがけない光景に、思考と身体が凍りつく。
夕暮れの光に照り映えるダークブラウンのつややかな髪。すらりと長い足を交差させ、紅の瞳を本に落とすさまは一幅の絵画のよう。
夕陽が差し込む窓を背に、窓枠にもたれて、立ったまま本のページをめくっていたのは。
「あれ? ハルちゃん、どうしたの?」
本から視線を上げたヴェリアスに意外そうに声をかけられ、ようやく我に返る。
次の瞬間、俺は脊髄反射で回れ右していた。
(なんでっ!? なんでヴェリアスがいるんだよ――っ!?)
図書館の中であることも忘れ、ダッシュしようとした瞬間、後ろからぐいっと腕を掴んで引かれる。
「ひゃあっ!?」
ダッシュしようとした反動で大きくよろめく。
(やばっ、こける……っ!)
焦るが、身体は思うように動かない。
本棚にぶつかったらどうしようと思わず固く目をつむったが。
どさっ、と後ろに倒れた身体が、本棚とは違う固さのものにぶつかる。手に持っていた鞄がとさりと
「ちょっとハルちゃん。急に走ったら危ないよ?」
明らかにいたわりよりも
同時に、腰に回された腕にぐいっと引き寄せられ、俺を抱きとめたヴェリアスごと尻もちをついたのだと知った。ちょうど尻もちをついたヴェリアスの足の間に俺が座るような体勢だ。
「オレを見るなり逃げるなんて、ヒドくない?」
「ひゃあっ!?」
ふっ、と耳に息を吹きかけられ、すっとんきょうな叫び声が飛び出す。
気持ち悪いことすんなっ! 思わずぞわってなって、悲鳴が出ただろーが!
「は、放してくださいっ!」
腰に回されたヴェリアスの腕をほどこうとするが、まるで鉄の鎖が巻きついたようにびくともしない。
夏服の半袖のシャツから伸びるしなやかな腕は、ヴェリアスのくせに、意外なほどたくましい。
「えー、放したくないな~♪」
くすくすと笑いながら、ヴェリアスがさらに俺を引き寄せようとする。
「ちょ……っ!?」
絨毯に足を突っ張って抵抗しようとしたが、無駄だった。ヴェリアスのスパイシーなコロンの香りがますます強くなる。
「放してくださいっ! 大声を出しますよっ!?」
「出してくれてもいいよ♪」
ヴェリアスがまったく動じていない声で楽しげに告げる。
「で、オレ達の熱~い抱擁を目撃してもらっちゃおうか♪」
「っ!? 絶対嫌ですっ!」
さっき以上に暴れる。が、やっぱりヴェリアスの腕は緩まない。
「うわーっ、その露骨に嫌がる態度、ちょっとヒドくない? 傷つくなぁ~」
「ふざけてないで放してくださいっ!」
人気のない図書館の奥で抱きしめられているところなんて、誰かに見られたら……っ! いったい、どんな噂を立てられることか。身の破滅だぜっ!
「冗談、冗談♪ こんな時間に、図書館のこんな奥まったところになんて、誰も来ないって」
「じゃあ、なんでヴェリアス先輩はいたんですか!?」
いるって知ってたら、絶対来なかったのにっ!
っていうか、チャラけたヴェリアスと図書館って、似合わなさすぎだろっ!? 最初見た時、悪夢かと思ったよ!
けれど、夢でも幻でもない証拠に、背中に当たるヴェリアスの体温も、力強い腕も、くらくらするようなコロンの香りも、すべてが明確で。
意識した途端、ただでさえ高鳴っていた心臓が、さらに騒ぎ出す。
どきどきと跳ねる心臓の音が、ヴェリアスにまで聞こえてしまいそうだ。
「え? オレが図書館にいたら変なワケ? やっだな~。オレ、昔から図書館はよく利用してるよ? 図書館ならタダでどんな本でも好きなだけ読めるからね♪」
告げたヴェリアスの腕がようやく緩む。かと思うと。
「ひゃあっ!?」
突然、横抱きに抱きあげられ、三度目のすっとんきょうな声が飛び出した。
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