95 言ってたことと違うじゃねーか! 嘘つき!


「オルレーヌさん……? そのペンは、いったいどうなさったの?」


 イゼリア嬢のいぶかしげな声に、エキューに数学を教えていた俺は、「え?」と間抜けな声を上げた。


「はいっ、何でしょうか!?」


 すぐにぴしりと背筋を伸ばし、斜め向かいに座るイゼリア嬢に身体ごと顔を向ける。


 イゼリア嬢の方から、俺に話しかけてくれるなんて!


 勉強会が始まってから、一時間半以上は優に経っているか、イゼリア嬢とは最初にテスト範囲について話したくらいで、ほとんど会話できていなかった。


 まあ、俺がエキューに教えるのに熱が入っていたせいもあるけど……。


 エキューは勉強に苦手意識を持っているようだが、真面目だしやる気もある。

 応用問題でつまずくことはあっても、俺が解き方のヒントを出せば、自分で一生懸命に考えて取り組む、理想的な生徒だ。なのでついつい、俺も教えるのに身が入ってしまった。


「ペン……、ですか?」


 俺は机に上に出している自分のペンケースに視線を向けた。紺地に白い小花柄がプリントされた、厚地の布製のごくふつうのペンケースだ。

 さっき、シャープペンシルの芯が切れて入れ替えたので、ペンケースの口が開けっ放しになって、中が見えている。その中に。


「その金色の軸のペン……。もしや、リオンハルト様のものではありませんの?」


 イゼリア嬢の言う通り、ありきたりなペンケースの中で、一本だけ異彩を放っているのは、昼休みにリオンハルトから半ば強引に渡されたペンだった。


 凝った造りの金色のペンは、明らかに悪目立ちしている。


「どうして、リオンハルト様がいつもお持ちになっているペンが、あなたのみすぼらしいペンケースの中にありますの?」


 責めるような口調で問われて焦る。


「こ、これはたまたま、リオンハルト先輩からお借りしたんです! 明日にはすぐお返しします!」


「たまたま……?」


 イゼリア嬢が納得がいかない様子で細い眉をひそめる。

 俺はこくこくと頷いた。


「そうです! お昼休みに偶然、ほんとに偶然リオンハルト先輩にお会いしまして、ひょんなことから一日だけ貸していただけることになりまして……」


 リオンハルトが他の生徒達もいる前で俺に謝ったと知られたら、絶対、「なぜリオンハルト様が謝られるなどという事態に? オルレーヌさん、あなた何をなさったの!?」と問い詰められるに決まってる!


 体育祭の帰りの車中で、リオンハルトと何があったかなんて……。絶対に誰にも知られたくないっ! 俺の羞恥心が限界を突破するっ!


「イゼリア嬢はよくこれがリオンハルト先輩のペンだとおわかりになりましたね! さすがのご慧眼です!」


 話を逸らそうと逆に問い返すと、イゼリア嬢がつんと形良い鼻を上げた。


「わからないはずがありませんわ。『クレエ・アティーユ』のペンは、一本一本がオーダーメイドですもの。同じものを注文しない限り、二本と同じペンはありませんのよ。もちろん、わたくしも『クレエ・アティーユ』のペンを持っていますけれど。まあ、高等部から学園に入学する程度の身分のあなたなどが持つには、分不相応な品であることは確かですわね!」


 クレエ・アティ……、舌を噛みそうなブランド名だな、おい。


 っていうか! たいしたことないペンだって言ってたけど、無茶苦茶高級なペンじゃねーかっ! リオンハルトの嘘つきっ!


 いや、それより大事なのは。


「さすがイゼリア嬢です! 素晴らしいペンをお持ちなんですねっ! イゼリア嬢はどんなデザインのペンなんですか!?」


「わたくしのペンが見たいだなんて……。まあ、貧乏貴族のあなたには縁のない品を見たい気持ちはわからなくもありませんけれど、そこまで好奇心を隠さないなんて、慎みのない方ね!」


 勢いよく食いついた俺に、イゼリア嬢が眉をしかめつつも、高級感あふれるペンケースから、一本のペンを取り出した。


「言っておきますけれど、あなたが思っている以上に高価なペンなのですからね! 丁寧に扱ってくださる?」


「もちろんです!」


 恭しくペンを受け取る。その拍子に、イゼリア嬢の白魚のような指先が軽くふれ、心臓が跳ねる。

 朝、イゼリア嬢と手をつないだことを思い出し、どきどきと鼓動が早まった。


 イゼリア嬢のペンは、高貴で可憐なイゼリア嬢が持つにふさわしい、繊細な造りだった。

 細い軸は銀色で、装飾にイゼリア嬢の瞳と同じ、アイスブルーの小さな輝石があしらわれている。


 色合いは違うが、軸の上部に彫られたレースのように繊細な浮き彫りがリオンハルトのペンとよく似ている。色違いのおそろいと言っていいくらいだ。


 イゼリア嬢とおそろいだと思った瞬間、鬱陶うっとうしくて、一刻も早く返したかったリオンハルトのペンが、急に光り輝いて見え始める。


 いいなぁ……っ! イゼリア嬢とおそろいのペン!


 『キラ☆恋』の公式サイトを目を皿のように探しても、悪役令嬢であるイゼリア嬢の関連グッズなんて、ひとつも見当たらなかったもんな……。


 ん? ということは……っ!


 イゼリア嬢と同じデザインでオーダーしたら、おそろいのグッズが手に入っちゃう……っ!?

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