男なのに乙女ゲームのヒロインに転生した俺の味方は、悪役令嬢だけのようです ~ぐいぐい来すぎるイケメン達にフラグより先に俺の心が折れそうなんだが~
94 恋愛を知らないくせに、勝手なことを言わないでくださいっ!
94 恋愛を知らないくせに、勝手なことを言わないでくださいっ!
「クレイユ君は、『ラ・ロマイエル恋愛詩集』を読んだことがあるんですか?」
俺が目を怒らせて反論してくるとは思っていなかったのだろう。クレイユが戸惑った様子で「いや、読んだことはないが……」とかぶりを振る。
「じゃあ、読んでもいない本をどうして批判できるんです!?」
責め立てる口調にカチンときたのか、クレイユの視線が鋭くなる。
「タイトルで想像がつくだろう。恋愛など……。理性が低下し、己のものなのに思うようにならぬ感情に振り回される低俗な行為ではないか。他人のそんな情けない姿を描いた詩を読んで、何の意味がある? くだらん」
ちょっ!? 『
思わず心の中で盛大にツッコんだが、いやそんなコトより。
「……恋愛がくだらない、ですって……?」
ハルシエルのものとは思えない、固く冷たい声が出る。
声とは逆に、胸の中でふつふつと怒りのマグマがたぎる。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
俺は万感の思いをこめて、きっ、とクレイユを睨みつける。
「恋愛を何も知らないくせに、勝手なことを言わないでくださいっ! あなたこそ、恋なんてしたことがないんでしょうっ!? 確かに、恋はいいことばかりじゃありません。想っている人に振り向いてもらえないのは苦しいし、どうしたって乗り越えられない障害に、涙する日だってあります。でも!」
言っているうちに、気が
だが、クレイユの前で涙なんか見せるもんかと、俺は奥歯を噛みしめてクレイユを見据えた。
「姿を見て、言葉を交わすだけで、信じられないくらい幸せな気持ちになるんです! 微笑みかけてもらえるだけで、天にも昇りそうなほど嬉しくて……っ。私が私として生きる糧になるんですっ! 苦しくても切なくても、それも全部含めて恋の幸せなんですから! この想いだけは、誰にも否定する権利はありませんっ!」
ハルシエルになってしまった俺の中で、唯一、変わらないもの。
イゼリア嬢への想いだけは、俺が
それだけは、外見が変わろうと、なぜかイケメンどもに心臓が高鳴るようになろうと、絶対に変わらない。
こらえようとしてもこらえきれなかった涙で視界がにじむ。
ぼやけた視界の向こうで、クレイユが切れ長の蒼い目を見開いているのが見えた。
呆れて馬鹿にしてくるなら好きにしろっ! でも、イゼリア嬢のことに関してだけは、何があっても一歩も引かねぇからなっ!
「きみは――」
クレイユが何か言いかけた瞬間。
「ハルシエルちゃん、クレイユ! ごめん、待たせちゃった?」
エキューの明るい声が響く。
俺はあわててそっぽをむくと、浮かんだ涙を手の甲で乱暴にぬぐった。エキューやイゼリア嬢に何があったのかと尋ねられたら困る。
「ううん。私とクレイユ君も、さっき来たところ。ぜんぜん待ってないわ」
なぜかクレイユが無言のままなので、代わりに答える。
「そう? ならいいんだけど……」
エキューは俺の目元が赤いのに気づいたようだが、口に出しては何も言わない。空気を読んだ気遣いが、ささくれだった心を癒してくれる。
「自習室を借りてるんだよね?」
「あ、ああ。鍵をもらってくる」
エキューの問いかけに歯切れ悪く頷いたクレイユが、背を向けてカウンターへ歩いていく。
クレイユを見送るエキューとイゼリア嬢を、俺は無言で振り返った。
イゼリア嬢の可憐な姿を目にした途端、胸がきゅんと高鳴る。
萌えと恋が同じものなのか、前世今世を合わせて恋人いない歴三十年を超える俺にはわからない。
けど、この胸の高鳴りが、イゼリア嬢のことを考えるだけでわきあがる幸福感が、幻なんかであってたまるか!
身体はハルシエルでも、心だけは間違いなく、まだ俺のものだ。
「じゃあ……。先に自習室に向かっておこうか? クレイユもすぐに追いついてくるだろうし」
エキューの提案に、イゼリア嬢が「そうですわね」と頷く。
イゼリア嬢が言うことに、俺が否と答えるわけがない。残念だけど、詩集を探すのは次の機会にしよう。
図書館の三階には自習用の小部屋がいくつも並んでいる。心もちゆっくりと階段を上がっていると、三階についたところでクレイユが追いついてきた。
さすが貴族の子女が通う聖エトワール学園だけあって、自習室の内装は、「自習室」という無機質な名称が申し訳なく思えるくらい立派だった。
いや、もしかしたら輝いて見えるのは、イゼリア嬢がいるからかもしれないけれど。
落ち着いた色彩の板壁や寄せ木細工の床に、アンティーク調の大きめのテーブル。椅子も座り心地がよさそうで、ここで勉強をしたら、さぞはかどりそうだ。
が、感心して見惚れている場合じゃない。
最初にどの配置で座るかが肝心だぞ、俺! 今度こそイゼリア嬢の隣をゲットするんだ!
「エキュー君はいつも教えてもらっているクレイユ君の隣のほうがいいわよね? じゃあイゼリア嬢と私が隣に……」
言いかけると、エキューが愛らしく首をかしげた。
「せっかく四人で勉強するんなら、僕、今日はハルシエルちゃんに教えてもらいたいなっ。ほら、たまには教えてもらう相手が違うほうが、新鮮な気持ちで集中して勉強できるかなぁって……。ダメ?」
ダメだよっ! ダメに決まってるだろ――っ!
純真なつぶらな瞳で覗き込まれると、思わず頷きそうになるが……。
すまんエキュー! 俺は今回こそ、イゼリア嬢ときゃっきゃうふふと勉強したいんだっ!
ってゆーか、そもそもクレイユが許さないだろ!?
「エキュー君はこう言ってますけれど、クレイユ君は、やっぱりエキュー君が相手のほうが教えやすいですよね? エキュー君のことをよく知ってるのは、親友のクレイユくんですから……」
そうだろ、クレイユ! さっさとエキューを引き取ってくれっ!
俺は必死にクレイユに目配せする。
『親友』だからと言えば、クレイユは絶対にエキューの面倒を見てくれるハズ! と思いきや。
「そう、だな……。今日はオルレーヌ嬢にエキューの勉強を教えてもらうのもいいかもしれないな」
クレイユがとんでもないことをのたまう。
ちょっ!? どうした!? 熱でも出したかっ!?
「クレイユ君、どうしたんですか!? 体調でも悪いんですか!?」
思わず尋ねると、クレイユが不機嫌そうに目を細めた。
「わたしは健康管理には常に気を配っている。調子が悪いわけではない。ただ……」
クレイユが微妙に言い淀む。
「きみの人となりを見定めるなら、エキューに対するきみの態度を観察したほうがいいのではないかと考えただけだ」
「確かに、そうかもしれませんわね」
クレイユの言葉に、イゼリア嬢が頷く。
「エキュー様。どうぞ、オルレーヌさんに教えてもらってくださいませ。もちろん、オルレーヌさんが教師役として役に立たなかった時には、わたくしとクレイユ様に頼っていただいてかまいませんから」
エキューの顔がぱあっと輝く。
「ありがとう、イゼリア嬢! でも安心して。大丈夫だよ。ハルシエルちゃんが真面目で熱心なことは、よく知ってるから」
「エキュー様がそうおっしゃるのでしたら……。オルレーヌさん、しっかり教えてさしあげてくださいまし」
「よろしくねっ、ハルシエルちゃん!」
イゼリア嬢と、満面の笑顔のエキューにそう言われて、俺が断れるハズもなく。
「わ、わかりました……。エキュー君、しっかり勉強しようねっ!」
「うん、よろしく!」
こうなったら……。しっかりエキューの勉強を見て、イゼリア嬢に感心してもらうんだっ! めげるな俺っ!
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