89 面倒くさいヤツだな、ほんとっ!


 言っとくけど、イゼリア嬢相手なら誤解されたって許すけど、クレイユ相手に寛大になる気はないぞ!?


 俺は冷ややかにクレイユを睨み返した。


「朝、エキュー君がみんなの前で言ったことは、クレイユ君も聞きましたよね?」


「もちろんだ」

 クレイユが何を今さらと言わんばかりに頷く。


「ということは……。クレイユ君はというわけですね?」


 我ながら、意地が悪い言い方だ。

 案の定、一瞬、息を飲んだクレイユが即座に怒りもあらわに睨みつけてきた。


「何を馬鹿なことを言う!? わたしがエキューの言葉を信じないなんて……! そんなこと、あるわけないだろう!?」


 怒りに満ちた声を上げる様子は、ふだん冷静沈着なクレイユとは別人のようだ。


「エキューの言葉を疑っているわけではないっ! ただ、納得がいかないだけだ!」


「じゃあ、なおのことエキュー君を問いただせばいいじゃないですか」


 俺はクレイユの剣幕にひるむことなく、真っ直ぐに蒼い瞳を見つめ返す。


「私だって、エキュー君の真意はわかりませんけれど、エキュー君が見た目よりずっとしっかりしていて、ちゃんと自分の考えを持っているのは知っています。ヴェリアス先輩じゃあるまいし、何の理由もなく周りを混乱させるためだけに私を誘ったとは思えません。それは、親友のあなたが一番わかってるんじゃないですか?」


 先ほどより声のトーンを落とし、『親友』の部分を強調すると、クレイユの視線が揺れた。ここぞとばかりに畳みかける。


「もう一度、落ち着いてエキュー君と話し合ったらどうですか? クレイユ君が尋ねたら、きっと答えてくれますよ。それでも、エキュー君が答えなくないというのなら……。話す気になるまで待つのも、友情のひとつじゃないでしょうか?」


 ま、ぼっちだった俺にはよくわかんねーから、マンガとかの受け売りだけどな!


 ってゆーか、もめるのも仲直りするのも、頼むからお前ら二人だけでやってくれっ! 俺を巻き込むな――っ!


 真摯な気持ちを乗せて告げると、クレイユが考え込む表情になった。ややあって。


「君が言うことにも一理はある。確かに、エキューが何も考えずに勢いだけで行動したとは思えない。きみによって気づかされたのはしゃくだが……。もう一度、エキューとちゃんと話し合ってみるべきだな」


 クレイユが小さく吐息をこぼす。


「わたしとしたことが、常ならぬエキューの反応に動揺して、冷静さを欠いていたようだ。それについては詫びよう」


 クレイユがしかつめらしい表情のまま、軽く頭を下げる。


 あれ? 意外と素直に謝るな。

 まあ確かに、いつもの生徒会でも、論理的に説明されて、自分が納得したら柔軟に意見を受け入れる素直なところもあ――、


「だが」

 クレイユの蒼い瞳が鋭さを取り戻す。


「まだ、きみへの疑いを全面的に解いたわけではない。きみの人となりについては、エキューのデートの相手としてふさわしいかどうか、しっかり見極めさせてもらおう」


 はあぁっ!? 見直そうとするんじゃなかったよ!

 クレイユに見極めてもらう必要なんかねーよ! それよりむしろ……。


「クレイユ君が、私がエキュー君にふさわしくないと考えているのなら、エキュー君にそう伝えて、デートをやめさせたらいいんじゃないですか?」


 そうだよ! そうしたらデートしなくて済むし! エキューを説得してくれたら、今度こそクレイユを見直すぞっ!


「私自身、どうしてエキュー君が私なんかを誘ってくれたのかわかりませんし……」


 だが、俺の期待とは裏腹にクレイユから返ってきた反応は激昂だった。


「「私なんか」とは、きみを選んだエキューの目が節穴だとても言いたいのか!? エキューを侮辱するのは、わたしが許さないぞ!」


 ちょっと待て――っ! 最初に、俺が誘われたのが納得できないって言ったのはお前だろっ!?


 俺をけなすのはいいけど、俺を指名したエキューにケチをつけるのはダメってわけか!?

 面倒くさいヤツだな、ほんとっ!


「そういうつもりじゃありません!」

 俺はあわててぷるぷると首を横に振る。


「ただ……。その、エキュー君と話し合うにあたってですね。遠慮せずにクレイユ君の正直な意見を伝えることも大切なんじゃないかなー、と思ったものですから……」


 イゼリア嬢! 今朝、ご指導くださった教えは、ちゃんと俺の中に息づいています!


 デートに誘われたのが迷惑だなんて……。実際、思ってますし、可能なら今からでも逃げられないかと願ってますけど、口に出しては言いませんっ!


 俺の脳内イゼリア嬢が「あら。ちゃんとわたくしの言葉を覚えているなんて感心ね」と微笑みかけてくれる。

 ああっ、イゼリア嬢という名の天使のおかげで、俺は今日も元気に生きていけます……っ!


「確かに、友情をさらに深めるうえで、忌憚きたんのない意見を交わし合うのは重要だな」


 クレイユが感心したように頷く。

 よっし! 攻めて行くならこの方向性だな、うん!


「ですから、クレイユ君が私をダメだと思うのなら、遠慮なくエキュー君にはっきり言ってください」


 きっぱりと告げると、クレイユが意外なことを聞いたを言わんばかりに目を見開いた。


「殊勝なことだな。エキューとデートできる権利を手放すなど、絶対に嫌だとごねるかと思っていたが」


 嫌だよっ! いくら相手が女の子みたいに可愛いエキューとはいえ、男同士でデートなんざしたいワケがないだろ――っ!


 恥ずかしながら、前世も含めて生まれて初めてのデートなんだぞっ!?


 それがっ、なんでっ! 何が哀しくて初デートを男としなきゃいけねーんだよぉ――っ!?

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