88 なんで本人に聞かずに俺に聞いてくるんだよっ!?


 昼休み、手早くお弁当を食べた俺はいそいそと学園内にある図書館へ向かっていた。

 教室は俺にとっての安全地帯だ。イケメンどもとはクラスが違うので教室にいれば、出会うこともない。


 なので、ふだんは教室から出ないのだが、今日は別だ。


 朝、イゼリア嬢が読んでいた詩集を手に入れないとなっ!


 エトワール学園の敷地内には大きくて立派な煉瓦造りの図書館がある。ずらりと書架が並ぶ図書館なら、きっと同じ詩集が見つかるに違いない。


(今朝のイゼリア嬢も天使だったよな〜。イゼリア嬢の誤解を解くためにも、ちょっとでもお近づきになるんだっ!)


 七月の陽射しは強いが、爽やかな風が吹いているので、暑さはそれほどでもない。夏の陽光に照り映える緑の木々が吹き通る風にさわさわと揺れ、心地よい音を立てている。


 校舎を出、図書館に向かおうとしたところで。


「オルレーヌ嬢。少しいいか?」


 俺は後ろから呼び止められた。振り向いた先にいたのは、クレイユだ。


 よくないよっ! 俺は一刻も早く図書館に行きたいんだってばっ! 

 が、無視するわけにも行かずしぶしぶ振り返る。


 いったい何の用だよ? もうすぐ期末テストだからまたライバル宣言でもすんのか? 何でもいいからさっさと済ませてくれ。


「図書館に行きたいので急いでいるんですけれど……」

 眉をしかめて迷惑そうに告げる。が、クレイユも引かない。


「聞きたいことを確認するだけだ。ちょっとこちらへ来てくれないか?」


 俺がついてくることを疑いもしない様子で、クレイユが背を向け、歩き出す。


 一瞬、無視して図書館へ行ってやろうかと思ったが、後で難癖をつけられても困る。しぶしぶついていくと、クレイユは通路から外れた木陰まで来ると足を止め、俺を振り返った。


「確認したいことというのはほかでもない。今朝、イゼリア嬢が言っていたことが真実かどうか、聞きたいだけだ。エキューにデートに誘われるために……いったい何をした?」


 クレイユ! お前もかっ!?


 なんでイゼリア嬢もクレイユも俺に聞いてくるんだよっ! 本人エキューに聞けよっ!


「クレイユ君はエキュー君と仲がいいんですから、本人に確認したらいいじゃないですか?」


 なんでわざわざ俺に確認するのかが理解できねぇ……。


 なので、素直に尋ねると、クレイユは気難しそうな細い眉をぎゅっと寄せた。


「もうエキューには聞いた。が、要領を得ん。「クレイユまで気づいちゃったら困るから内緒だよ」だなどと……。誤魔化ごまかし以外の何物でもないではないか」


 確かにそれは意味不明だ。けど……。


「それって、遠回しにクレイユ君には話したくないって言ったんじゃないんですか?」


 告げた瞬間、クレイユの切れ長の瞳が険しく細められる。


「何を言う!? エキューがわたしに隠し事をするなど、そんなこと、あるわけがないっ! 幼い頃からずっと、エキューは何でもわたしに相談してきてくれたんだ!」


 あー、うん。知ってる。姉貴がものっすごく熱く語ってたから。


「クレイユのエキューに対する感情はもう、友情じゃなくて愛よね、愛っ! 溺愛と言っていいわよ! いつも冷静であまり表情を変えないクレイユがエキューにだけ見せるあの優しいまなざし! ああっ、萌えるわ~っ!」


 姉貴の萌え語りをいったい何時間、聞かされたことだろう。


 生徒会に所属するようになってから、姉貴の言うことが、あながち誇張ではないのはすぐに知れた。


 同い年だけど、エキューに接するクレイユはまるで兄のようで、クレイユにとってエキューが特別な存在だというのは明らかだった。

 俺としては、クレイユがエキューにかまっていてハルシエルに絡んでこないのなら、それが一番なので、むしろもっとやれって感じだったけど。


 ……姉貴とシノさんの機嫌もやたらとよくなるし。


 でも。

 俺は体育祭の準備期間中や、本番でのエキューを思い出す。


 騒いでいた生徒達を一喝した姿。

 転んだ俺を保健室まで連れて行って、慰めてくれた態度。


 女の子みたいに愛らしい容貌のエキューだけど、中身は十分に男らしくて芯が強い。

 決して、クレイユに庇護されるだけの存在じゃない。


「心配なのはわかりますけど、思春期となれば友人でも言いたくないことの一つや二つ、あるんじゃないんですか? 親友だからって、何でも話さないといけないわけじゃないでしょう?」


「そう言って、エキューに口止めしたわけか?」

「……はい?」


 思わずほうけた声を上げ、きょとんとクレイユを見返すが、クレイユの表情は真剣そのものだ。それどころか、蒼い瞳をすがめ、鋭く俺を睨みつけている。


「口止め? 何のことです?」

 わけがわからず首をかしげると、クレイユの目がさらに細くなった。


「イゼリア嬢が言っていた通り、きみがエキューに何らかの頼みごとをしたんだろう? エキューは責任感が強くて優しいからな。同じ生徒会役員の、しかも女性のきみに頼みごとをされたら断るまい。うまくやったものだな?」


「え……?」

 それってつまり……。


「あなたも、私がエキュー君に、ごほうびの相手に選んでほしいと頼んだと思ってるんですか?」


 問う声が、無意識に低くなる。


 なんでだよ!? イゼリア嬢といい、クレイユといい……。どうやったらそんな思考になるんだよ!?

 誘われた理由なんて知るかっ! むしろこっちが聞きたいっての!


 俺の問いかけに、クレイユがさも当然とばかりに頷く。


「もちろんだ。同じ花組のよしみでとか何とか、言葉巧みにエキューを誘導したんだろう? でなければ、エキューがこの春から学園に来たばかりの女生徒を誘うなどありえん!」


 俺がエキューに誘ってくれと頼んだと疑いもしないクレイユの態度に、だんだん腹が立ってくる。


 俺だって、エキューに誘われた理由はわかんねーけど、だからと言って、おまえにいいように言われる筋合いはないからな!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る