87 誤解されたままなんて、哀しすぎますっ! 


「どういうつもりだなんて……。私は、イゼリア嬢が誤解されそうだったので、説明しただけですっ!」


 イゼリア嬢の幸せが俺の幸せ。推し令嬢のためなら、むしろ多少の苦労はごほうびですっ!


 俺の返答に、イゼリア嬢のアイスブルーの瞳に剣呑な光が宿る。


「わたくしは、あなたに助けてほしいだなんて、一言も告げてませんわっ!」


「もちろん知ってます! 私が勝手にしたことです!」

 こくこくと頷き、同意する。


 別にイゼリア嬢に恩を着せようとか、あわよくば好感度を上げようなんて……、すみません、ちょっとそうなればいいなと思ってました……。


 でも、単純にイゼリア嬢の役に立ちたかったんですっ!


 推しに尽くせるって、ファンとしてこれほど嬉しいことがあるだろうか。『キラ☆恋』では悪役令嬢役のイゼリア嬢は、どの選択肢を選んでもハルシエルと敵対関係になってしまってたし……。


 が、イゼリア嬢は俺の返事にますます柳眉を逆立てた。


「あなたに助けられなくても、わたくし一人でちゃんとリオンハルト様の誤解を解いていましたわ! 余計なことをなさらないで!」


「す、すみません……」


 イゼリア嬢の剣幕に、俺はしゅんとうなだれる。

 でないと、にやけた顔をイゼリア嬢に見られそうで……。


 えっ、ナニ!? それって俺のことを心配してくれてるんですか!? イゼリア嬢ってやっぱり天使っ!


 でも、ご安心ください、イゼリア嬢っ! イケメンどもの好感度が下がるのは、むしろ本望ですからっ!


「ディオス様とエキュー様は、あのようにおっしゃっていましたが、わたくしはまだあなたへの疑いを解いたわけではありませんから!」


 イゼリア嬢が険しい顔のまま、挑戦的に告げる。


 ああっ、そんなお顔も素敵です!

 っていうか、いやあのイゼリア嬢、俺を疑っても何も出てきませんけど……?


 でも……。これはある意味チャンスかも!?


 俺は期待と緊張に胸をとどろかせながら口を開く。


「私はイゼリア嬢に疑われるようなことをしていません! ですが、イゼリア嬢が私を怪しいと思われるのでしたら……。私と一緒に過ごされてはいかがでしょうか?」


 そうだよ! イゼリア嬢と一緒に過ごしたら、誤解は解けるし、イケメンどもけになる可能性もあるし……何より、俺が嬉しいっ!


 せっかく同じ生徒会に入ってるっていうのに、体育祭の練習中はほとんど一緒に過ごせなかったし……。


 もうすぐ行われる期末テストが終わったら、夏休みに突入だ。

 長い期間イゼリア嬢と会えなくなる前に、しっかり成分を補充しておかないとな!


「イゼリア嬢に誤解されたままなんて、哀しすぎます! 一緒に過ごしていただければ、私が何もしていないというのが明らかになるはずです!」


「そう言ってわたくしの前でだけ取り繕おうとしても無駄ですわよ。わたくしの疑いがその程度で晴れるとでも!? きっと、ディオス様とエキュー様の前でも、その場その場で都合の良いことを言って、お二人からデートに誘っていただけるように仕組んだのでしょう!?」


 ええぇぇ~っ、誤解ですイゼリア嬢!

 イゼリア嬢に睨まれるのはへっちゃらだけど、誤解されるのは哀しい……っ。


「違うんです! 本当に私がデートに誘ってくださいと頼んだわけじゃありませんっ! むしろ、誘われて迷惑というか、可能なら今からでも断り──」


 言い切らぬうちに、きっ、と針のように鋭くなった視線が俺に突き刺さる。


「言うにことかいて、『迷惑』ですって……っ!」


 射貫くようなアイスブルーの瞳には苛烈な怒りが宿っている。


「見苦しい言い訳をするに飽き足らず、ディオス様とエキュー様の申し出を『迷惑』だなんて……っ! 人の気持ちをなんだと思ってらっしゃいますの!? もし、万が一、おそらく天地がひっくり返ってもありえませんけれども、ディオス様とエキュー様が純粋なお気持ちでデートに誘ったのだとしたら、あなたの今の言葉にどれほど傷つくか、考えられましたの!?」


「あっ……」


 激しい剣幕に、俺は失言を悟ってうつむく。


 イゼリア嬢の言う通りだ。いくら、俺がディオスやエキューとデートをしたくないからといって、それを「迷惑だ」と切り捨てるのは決して褒められた言動じゃない。


 俺だって、一方的にイゼリア嬢に憧れているけれど、それを知ったイゼリア嬢に「迷惑ですわ!」と一刀両断されたら……。


 うううっ、想像するだけで泣けてくるぜ!


 イゼリア嬢に邪険にされたからといって、イゼリア嬢を嫌いになるなんて、天地がひっくり返ってもありえないけど、それでも好きな人に迷惑がられて哀しくないわけがない。

 たとえ、それが友人の関係であっても同じことだ。


「すみません……。私の失言です……」


 深くうなだれてイゼリア嬢に謝罪すると、険のある声が降ってきた。


「謝るのはわたくしにではないでしょう?」


 冷ややかに告げたイゼリア嬢は、つん、と顔を背ける。


「まあ、聞いたのがわたくしであったことを感謝するのね。わたくし、告げ口なんて卑劣な行いをするなんて、恥ずかしくてとてもできませんもの!」


「さすが高貴なイゼリア嬢です! お心の素晴らしさにほれぼれしてしまいます!」


 思わず顔を上げてほめたたえると、そっぽを向いたままのイゼリア嬢の視線が揺れた。


「あ、当たり前のことを今さら褒められても嬉しくもなんともありませんわ! わたくしがそのような甘言で追及の手を緩めると思わないでくださる!?」


 そんなことを言いつつ、イゼリア嬢の頬はうっすらと桜色に染まっている。


 やっべ! なにこのツンデレ! 可愛すぎて悶絶しそうなんですけどっ!


 ついさっき、イゼリア嬢に叱られたことも忘れて、つい萌えに萌えてしまう。

 やっぱりイゼリア嬢は最高だぜっ!


「いいこと!? 今回のところは引きますけれど、わたくしの他にもあなたを怪しく思っている者はおりますのよ! それほど、ディオス様とエキュー様に誘われたことは光栄なことだと、肝に銘じておきなさい!」


「わかりました! おっしゃる通り、ちゃんと肝に銘じて身を慎みます! ご助言、ありがとうございます!」


 可愛いだけじゃなく、俺の心配までしてくれるこの優しさ!


 天使が! 天使が目の前に降臨してる――っ!


 感動のあまり潤んだ瞳でイゼリア嬢を見つめたが……。ちらりとこちらを向いたイゼリア嬢は、俺と視線が合うなり、再びぷいっとそっぽを向いてしまった。


「と、とにかく! わたくしは伝えるべきことは言いましたから! 後はご自身で我が身を振り返って行動を改めなさいませ!」


 そのまま、止める間もなくすたすたと歩き去ってしまう。


 ああぁぁぁ~っ、天使が! 天使が去ってしまう~っ!


 だけど、イゼリア嬢の素晴らしさはしっかりと胸に刻み込みました!


 お任せくださいっ! イゼリア嬢の誤解を解けるよう、今後ともイケメンどもとのフラグを叩き折るべく、全力を尽くします!

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