86 推し令嬢を守るためならイケメンと対立するのも望むところだっ!


「……っ!」


 リオンハルトが発する圧力に、イゼリア嬢が気圧けおされたように薄い唇を引き結ぶ。

 可憐な面輪は血の気が引いて蒼白だ。


 おいこらっ、リオンハルトっ! お前、何イゼリア嬢を怯えさせてやがるっ!


「糾弾などではありませんわっ!」


 俺はリオンハルトを振り返り、きっ、と睨みつける。


「イゼリア嬢は『確認』とおっしゃっていたではありませんか! リオンハルト先輩の物言いこそ、糾弾です!」


 リオンハルトを見据えて告げると、碧い瞳が、不意打ちを食らったかのように見開かれた。かまわず俺は続ける。


「ディオス先輩とエキュー君の申し出に疑問を抱いていたのは、他の生徒の方々も同じですわ! だからこそ、皆さん、このように集まってらっしゃるのでしょう!?」


 俺が登校した時にいた生徒達だけでなく、リオンハルト達より後から登校した生徒達も、何事だと足を止めて見守っているので、すごい人混みになっている。

 見回せば、どの教室の窓からも生徒達が顔を出して興味津々で見下ろしていてげんなりした。


 同時に、なんとしてもイゼリア嬢を守らねばという使命感が燃え上がる。


 こんな衆人環視の中でイゼリア嬢の断罪イベントでも起こしてみろ! 根は繊細なイゼリア嬢が学校に来にくくなったら、どう責任を取ってくれるっ!?


 イゼリア嬢を守るためなら、リオンハルトと対立するのも辞さない! っていうかむしろ、生意気な後輩だって嫌ってくれたら一石二鳥だ!


「私自身、どうしてディオス先輩とエキュー君が、私を相手に指名してくれたのかわかりませんもの! 他の方はなおさらですわ! このままではさまざまな憶測が飛び交っていたことでしょう。イゼリア嬢は学内が根拠のない噂で乱れぬように、あえて皆さんの前で私に『確認』なさったんですわ!」


 ですよねっ、イゼリア嬢! っていうか、お願いだから「そうですわ」って言ってくれ!


 祈るような気持ちでイゼリア嬢を振り返るが、イゼリア嬢はあっけにとられたようにアイスブルーの瞳を見開いたまま、凍りついている。


 代わりに口を開いたのはリオンハルトだった。


「……ハルシエル嬢が言っているのは、真実かい?」

 碧い瞳が、ひたとイゼリア嬢を見据える。


「リ、リオンハルト様……。その……」


 イゼリア嬢が苦しげに囁き声を洩らし――、


「真実に決まってるじゃん? ってゆーか、リオンハルトはハルちゃんの言葉を信じないワケ?」


 不意に、軽やかな口調で割って入ったのは、これまでずっと黙っていたヴェリアスだった。

 隣に立つリオンハルトを見る紅い瞳には、からかうような光が浮かんでいる。


「そうではないっ。ハルシエル嬢の言葉を疑うわけが……っ」


 リオンハルトが珍しく動揺して視線を揺らす。ヴェリアスが我が意を得たりとばかりに頷いた。


「だよね~♪ なら、ハルちゃんが言ってる通りってコトでいーじゃん♪ オレだって、陰でこそこそ噂されるのは大っ嫌いだし。それくらいなら、イゼリア嬢みたいに真正面から挑んでくれる方が嬉しいね♪ 遠慮なく叩き潰せるし♪」


 ヴェリアスが不敵に唇を吊り上げる。どんな奴が来ても返り討ちにしてやると言わんばかりに自信満々な様子だが……。


 おいっ、言ってることが無茶苦茶不穏だぞっ!

 周りの生徒達もしん、と静まり返る。


「な~んてねっ♪」


 ぱんっ、とヴェリアスが両手を大きく打ち合わせた。その音に、呪縛が解けたように、見守っていた生徒達がほっ、と安堵の息をつく。


 先ほどまでの緊迫した空気が霧散し、どことなく緩んだ雰囲気になる。


 よっし、ヴェリアス! ナイスだぜ! ふだんは余計なコトしか言わないけど。今だけはファインプレーだ! 

 いい感じに話題が終わりそうだぞ! 流れを変えてくれてありがとうっ!


 珍しくヴェリアスに純粋な感謝の心が湧く。

 ヴェリアスに感謝するなんて、初めてじゃないだろうか。


 ……ふだんどれだけ言動がアレなんだよという気もするけど……。とにかく、イゼリア嬢が傷つくような事態は回避できそうでよかった!


 謝意をこめてヴェリアスを見やると、視線が合ったヴェリアスが、ぷっと吹き出した。


「っていうか、オレとしては、ハルちゃんがなんでディオス達にデートに誘われたのかわかんないって言ってるほうが気になるな〜♪ ほんっと、ハルちゃんって小悪魔だよねっ♪」


 はあぁっ!? 悪魔のお前に言われたくないぞっ!?

 言っとくけど、オレは応援合戦でお前に頬にキスされたことを忘れてないからなっ! お前のせいでリオンハルトにまで……っ!


 あ、思い出したらまた腹が立ってきた……。


 俺はきっ、とリオンハルトを睨みつける。


「イゼリア嬢は、学園内に変な噂が流れないよう、気を遣ってくださったんです! 誤解も解けましたから、もうよろしいですよねっ!?」


 一方的に言い放ち、くるりとイゼリア嬢に向き直る。


「イゼリア嬢、行きましょう」


 呆然としているイゼリア嬢の手を握り、校舎に向かって歩き出す。


 やった──っ! どさくさにまぎれて、イゼリア嬢と手をつないじゃったぜっ! 手ちっちゃ! 指ほっそ! 肌もすっべすべっ!


 力をこめると折れてしまいそうで、ハラハラする。


 っていうか、緊張と喜びで俺の心臓が破裂しそうっ! 弾みすぎて、口から飛び出すんじゃなかろうか。


 が、幸せな時間もつかの間。


「オルレーヌさん。いい加減、放してくださる?」


 俺に手を引かれるまま、後ろをついてきていたイゼリア嬢は、校舎に入った途端、冷たい声とともに手を振り払った。


 ああぁ……。俺の至福の時間がぁ──っ!


 思わず未練がましく振りほどかれた手を視線で追う俺に、イゼリア嬢が冷ややかな声で問う。


「わたくしを庇うなんて、いったいどういうつもりですの?」

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