85 どんな卑劣な手段をとったのか、白状なさい!


 その可能性に気づいた瞬間、心臓が早鐘のように鳴り響く。


 そうだよっ! 登校してくる生徒達の只中でイゼリア嬢に非難されるなんて、ものっすごくイベントっぽい!


 推し令嬢の初見イベントに遭遇した喜びに身体が震える。

 感動のあまり、うまく声が出せない。


 俺の様子をうかがっていたイゼリア嬢が、苛立ちに満ちた息を吐いた。


「あくまでもしらばっくれるつもりですの?」

 絶対零度のまなざしが、俺を射貫く。


「体育祭でディオス様とエキュー様からデートに誘われたことですわ! お二人から誘われるだなんて、明らかに不自然! しかも、後輩であるエキュー様が副会長のディオス様と張り合うようなことをなさるなんて……っ! きっとあなたが何か卑劣な企みをしたのでしょう!? 正直に白状なさいっ!」


 刃で断ち斬るような糾弾の声。


 って、ええぇぇぇっ!? それっ!?

 俺だって二人から申し込まれるなんて予想もしてなかったよっ!?


 誤解ですっ、イゼリア嬢っ! その件については俺の責任じゃありませんっ! むしろ、ディオスとエキューに直接抗議してくださいっ!


「わ、私は何も……っ」


 ぷるぷると震えながらかぶりを振ると、イゼリア嬢のまなざしが、さらに険しくなった。


「そんな演技でわたくしの目を誤魔化せると思ってますのっ!? 馬鹿にしないでくださいませ! わたくしだけではありませんわ。他の生徒達だって、今回のことには納得していませんのよ!?」


 俺はおずおずと周りを見回す。


 登校途中の生徒達が皆、遠巻きに俺達を見つめている。誰も俺と視線と合わそうとしないが、俺とイゼリア嬢のやりとりに、興味津々で耳をそばだてているのは明らかだ。


「もし不正が行われていたとしたら、由々しき事態ですわっ! 学内デートの取り止めも検討しなくてはっ!」


「え……っ」


 もし、ここで俺が「そうです、実は……」と不正をしたと認めたら……。ひょっとして、学内デートがナシになるっ!?


 すげえっ! さすがイゼリア嬢っ! 天才かっ!?


 思わずほれぼれと目の前で怒るイゼリア嬢に感嘆のまなざしを向けるが……。


 いやっ、ちょっと待て! 落ち着け俺っ!


 反射的にイゼリア嬢の言葉を肯定しかけて、我に返る。

 学内デートがなくなるのは僥倖ぎようこうだ。それは間違いない。けど、ハルシエルが不正をしたってレッテルを貼られたら……。


 ……うん、学園内で総スカン食らいそうだよな……。


 無視されたり、意地悪されたりしてるワケじゃないけど、今でさえ、クラスメイト達に微妙に距離をおかれてるっていうのに……。

 まっ、前世でも友達が少なかったから別に気にしてないけどなっ。


 だが、一番の問題は、もともと高くもないイゼリア嬢の好感度が地の底にまで下落することだ。それだけは困るっ!


 いや、それともイゼリア嬢的には、ディオス達とのデートがなくなった方が嬉しいのか……?


 ここはいったん、イゼリア嬢の推論を認めて顔を立てておいて、後で「実は……」とイゼリア嬢の誤解を解くという手もありか……?


 どう答えるのが、俺とイゼリア嬢にとって、一番よいかと悩んでいると。


 ざわっ、と周囲がさざめいた。

 急に華やかに色づいた空気に、振り返らずとも、誰が登校してきたのか、わかる。


 イゼリア嬢の可憐な面輪がこわばった。

 アイスブルーの視線を辿って振り返れば、そこに立っていたのは、リオンハルトだけではなく、生徒会の男性陣、五人全員だった。今朝は王城からそろって登校してきたらしい。


 五人が並んで立っているだけで、夏の朝の空気が、華やかな香気に満ちあふれていくような気がする。そよ風に乗って、花びらが舞う幻覚さえ見えた。


「いったい、朝から何があったのかな?」


 五人を代表してリオンハルトが口を開く。

 いつも通りの高貴で華やかな微笑み。ゆったりと周囲を見回したリオンハルトに、何人もの生徒達が感嘆の息をついたのが聞こえる。


 イゼリア嬢が勢い込んで口を開いた。


「昨日の体育祭のことについて、オルレーヌさんに確認をしていたのですわ!」


「確認?」


 リオンハルトが首をかしげる。さらり、と揺れた金髪が朝の光を照り返して輝いた。


「そうですわ」

 緊張した面持ちでイゼリア嬢が頷く。


「ディオス様もエキュー様も、お二人ともがオルレーヌさんにデートを申し込むなんて……。不自然極まりないですわ! ですので、オルレーヌさんに事情をうかがっておりましたの」


 イゼリア嬢の訴えに、リオンハルトがいぶかしげに眉を寄せた。


「確認というのなら、申し込まれたハルシエル嬢ではなく、申し込んだディオスとエキューにするべきではないのかい?」


 リオンハルトの言葉に、今度はイゼリア嬢が眉をしかめる。


「ですが、不正を暴くのでしたら、不正をした当人に聞くべきでございましょう?」


「「な……っ」」

 ディオスとエキューが息を飲む。


「イゼリア嬢! 何を言う!? ハルシエルが不正など、するわけがないだろう!?」

「そうだよっ! いったい、どんな誤解を……!」


 口々に言うディオスとエキューに、イゼリア嬢は哀しげに長いまつ毛を伏せてかぶりを振る。


「お二人ともが同じことをおっしゃることこそが、不自然なのです。お優しいお二人は、オルレーヌさんの企みに気づかれていないだけですわ。きっと言葉巧みに誘導されたのでございましょう?」


「そんなことはない!」


 緑の瞳を怒らせ、叫んだのはディオスだ。あざやかな赤毛が、ディオスの怒りを示すように風に揺れる。


「ハルシエルは俺に何も言っていない! 俺が、自分の意志でハルシエルをデートに誘ったんだ!」


 真っ直ぐにイゼリア嬢を見据えてディオスが断言する。


「そうだよ! イゼリア嬢こそ、何か誤解しているよ! ハルシエルちゃんが不正なんてするはずがないよっ! 僕だって自分の意志でハルシエルちゃんにデートを申し込んだんだから!」


 次いでエキューもきっぱりと断言する。なぜか、エキューの隣に立つクレイユがレモンでも口に突っ込まれたような顔をしていた。が、今はクレイユどころじゃない。


 ……もし、ハルシエルの中身が本物ならば、ここは涙を流してディオスとエキューの台詞に感動していたシーンだろう。


 けど。


 俺としては、「手近にちょうどいい相手がいなかったから選んだだけなんだ」って言われたほうが、よほど嬉しいんだけどなっ!?


 なんでディオスもエキューもわざわざ俺を選んだんだよっ!? 俺、選ばれるようなこと何もしてないだろ――っ!?


「イゼリア嬢」


 不意にリオンハルトがイゼリア嬢の名を呼ぶ。

 ふだんの華やかな雰囲気が幻かと思うほど、声音は硬く、厳しい。


「このように、大勢の生徒達の前でハルシエル嬢を糾弾したのだ。もちろん、何らかの証拠があった上のことと思ってよいのだろうね?」

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