78 MVPは誰の手に!?

 姉貴が舞台前の生徒達に向け、高らかに宣言する。


「なんと! 今年の体育祭ではまったく同点の得票となり、MVPが二人出ています!」


 生徒達がざわめく。


 二人か……。誰なんだろう?


 花組が優勝したってことは、きっと花組の生徒なんだろうけど。あっ、でも一人は星組の生徒の可能性もあるかも……。


 と、ぼんやり考えていると。

 マイクを握りしめたまま、姉貴がこちらを振り向いた。


 ん? と疑問に思う間もなく。


「今年の体育祭のMVPは、ディオス・アナファルトと、エキュー・ファロルタンの二人ですっ!」


 熱の入った声で、高らかに姉貴が発表する。


 わぁっ、と生徒達全員が湧く。


 ディオスは応援合戦の熱演が評価されたんだろうけど、エキューも選ばれたのか!?

 よ、よかったぁ~! 俺のせいで棄権させちゃったからどうしようと思ってたけど……ほんとよかったっ!


 安堵のあまり、へなへなとくずおれそうになる。心の重石おもしが取れた気分だ。


「ええぇぇぇ〜っ、オレじゃないの!? くそーっ、ハルちゃんを颯爽さっそうと助けたエキューに票が流れたせいか……っ!?」


 不満にあふれた声を上げたのはヴェリアスだ。


 っていうか、お前、MVPに選ばれる気だったのかよっ!?

 本番であんなアドリブぶっ込んどいて、ふてぶてしいにもほどがあるだろ!?


 思わずヴェリアスを睨みつけると、俺の視線に気づいたヴェリアスが肩をすくめた。


「ハルちゃん、オレのことを慰めてくれていーんだよ? ハルちゃんだって、オレとデートできなくて残念だよね〜?」


「すみません、ヴェリアス先輩が言っているコトが理解の範疇はんちゅうを超えてるんですけど?」


 体育祭の疲れで頭のネジでも外れたか?


「ロクでもないことをしたヴェリアス先輩が選ばれるワケがないじゃないですか! 生徒の皆さんの目が節穴じゃなくてほっとしてます」


 冷ややかに答えると、ヴェリアスが楽しくてたまらないとばかりに吹き出した。


「やっぱハルちゃんってサイコーだよねっ♪ あー、オレハルちゃんとデートしたかったなぁ」


 ヴェリアスが哀しげに肩を落とす。

 吐息混じりの声音は、ヴェリアスには珍しく、真摯しんしな響きを帯びていた。


 が、そんなのにほだされるかっ!


「ヴェリアス先輩とデートなんてするわけないじゃないですかっ! そもそも、「も」ってなんですか!? 私は誰ともデートなんてしませんっ!」


「でも、強制だよ?」

「はい?」


 ヴェリアスが、悪戯っぽく紅の瞳をきらめかせる。


 あごをしゃくって示された先には、いつの間にか、姉貴に呼ばれて舞台の中央に移動していたディオスとエキューの姿があった。


 姉貴が満面の笑顔でディオスにマイクを向ける。


「さて、ディオス君。きみから聞こうか。MVPの特権として、学内デートに誘いたい相手は誰かな?」


 うわっ、全校生徒の前で宣言させられるのかよっ!?


 それは恥ずかしい……っ! いやっ、俺ならここぞとばかりにイゼリア嬢への愛を叫ぶけどっ!


 っていうか、姉貴、マジで満面の笑顔だな〜。

 もしディオスが男子生徒を指名したら、歓喜と興奮のあまり鼻血を吹いて倒れるんじゃなかろうか……。ま、そんなは事態は起きないだろうけど。


 と、マイクを向けられたディオスがこちらを振り向く。


「……?」


 ま、まさかヴェリアスを誘うワケじゃないよな……?


 隣のヴェリアスを見上げると、小さく吹き出したヴェリアスが首をかしげた。


「ナニ? オレと手に手を取って、ここから逃げ出しちゃう?」

「なんでヴェリアス先輩と逃げないといけないんですか!?」


「だってさ……」


 ヴェリアスの視線に導かれるように顔を向けた先に立つのは、ディオスだ。

 緑の瞳が熱っぽい光を宿して、真っ直ぐに俺を見つめていた。


「俺は」

 噛みしめるように、ディオスが真摯な響きの声で、告げる。


「俺は、ハルシエル嬢をデートに誘います」


 ────は?


 思考が、真っ白に漂白される。


 はあぁぁぁっ!?

 いやっ、ちょっと待ってちょっと待って!


 なんで俺っ!?


 驚愕に思考がまとまらない。


 冗談かっ!? 悪い冗談だよなっ!? それとも姉貴になんかそそのかされたかっ!?


 思わず姉貴を睨みつけたが、姉貴は俺を華麗に無視して、満面の笑顔のまま、次いでエキューを振り返る。


「エキュー君。きみがデートに誘いたいお相手も聞こうか」


「はい……」

 マイクを向けられたエキューが、緊張した面持ちで頷く。


 と、姉貴が穏やかにエキューに微笑みかけた。姉貴の本性を知っている俺ですら、一瞬、だまされそうになる頼もしい笑み。


「遠慮することはないよ。デートの相手を指名できるのは、MVPを獲った者の権利なのだからね」


 姉貴の言葉にエキューがはっとしたように濃い緑の瞳をまたたかせる。


「はいっ」

 と頷いた表情には、愛らしい面輪に似合わぬ固い意志が秘められていた。


「僕がデートに誘いたい相手は──」


 なぜか、エキューもこちらを振り返る。

 俺の背筋を粟立あわだたせる嫌な予感。


 待てっ! 待て待て待て──っ!


 俺の願いもむなしく、エキューが凛々しい声できっぱりと宣言する。


「ディオス先輩に遠慮はしませんっ。僕も、ハルシエルちゃんをデートに誘います!」


 だからなんで俺なんだよ─────っ!?


 あれかっ!? ディオスとエキューで俺をからかってるのかっ!?

 ドッキリかっ!? なら早く誰かドッキリだと教えてくれ──っ!


 ディオスとエキューの宣言に、会場中がきゃあきゃあと盛り上がっている。


 が、そんなざわめきなんて俺の耳には入らない。


 嘘だろっ!?

 誰でもいいっ、お願いだから誰か嘘だと言ってくれっ!


 なんで男の俺が、男と強制デートしなきゃならないんだよぉ──っ!


「どうする? ハルちゃんさえ望むなら、今すぐココからさらって、手に手を取って逃げ出してあげるケド?」


 渦巻くざわめきの中、不意に、隣に立つヴェリアスの囁きが、俺の耳朶じだを打つ。


 ここから逃げられる。

 反射的に頷きたくなる、悪魔の囁き。


 ちらりと見上げると、紅の瞳が蠱惑的こわくてきな光を宿して、俺を見つめていた。


「どう? オレと一緒に逃避行♪ ディオスとエキューも諦めるカモしれないよ?」


 理性をかすような甘い声。


 ──って!

 お前と逃げたら、今度は確実にお前との外堀が埋められるだろ──っ!


 ダメだ! 今すぐここから逃げ出したいのはホントだけれど、ヴェリアスの甘言に乗ったら、別の方向で確実に詰むっ!


 それくらいなら、強制デートの方がまだマシだろっ!? 俺からデートに誘ってくれって頼んだわけじゃないし、ひょっとしたら二人の冗談だって可能性もまだ……。


 俺はおずおずとディオスとエキューに視線を向ける。


「冗談なんだ」

「驚いた? 冗談なんだよ」

 と二人が言ってくれないかと、一縷いちるの望みをかけて。


 けれど。


 真っ直ぐに俺を見つめるディオスとエキューの瞳は、この上なく真剣で。


 二人の視線にあぶられたように、かぁっと頬が熱くなる。


 意識した途端、心臓が高鳴り始め、思わず右手でぎゅっとトレーニングウェアの胸元を握りしめた。


 ヤバイ! 何だこれ!?

 とくとくと動悸が激しくなって──急に心臓病でも発病したのかっ、俺!?


 姉貴が生徒会長のリオンハルトを舞台中央に招き、満面の笑顔で体育祭の閉会宣言をしている。


 が、二人が話している内容なんて、耳にまったく入らない。ばくばくと耳元で心臓がさわいているかのように鼓動が速い。


 っていうか、ディオスもエキューも! そんなまじまじとこっちを見んな──っ!


 落ち着かなきゃとあせればあせるほど、どきどきと心臓が騒ぎ出す。

 自分が今、どんな顔をしているのか、想像もつかない。


「では、これにて体育祭を閉会とする。生徒諸君、今日は……」


 リオンハルトの耳に心地よい声が体育祭の終了を告げたのを、かろうじて理解した途端。


「わっ、私、もう一度、保健室へ行ってきますね! 絆創膏がはがれそうなので取り替えてきます! 今日はお疲れ様でしたっ!」


 一方的に言い捨てると、俺はヴェリアス達の声も無視して舞台から駆け下りた。


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