77 閉会式はつつがなく……?


「大丈夫か? 足が痛ければ椅子に……」


「ちょっとりむいただけですから平気ですよ。お気づかいいただいてありがとうございます」


 舞台へ上がる直前、ディオスに気づかわしげに言われ、俺はふるふるとかぶりを振った。


 体育祭は午後の部も終わり、今や閉会式を残すのみになっている。


 ディオスを先頭に、ヴェリアス、エキュー、俺の順で舞台へ出る。反対側からは星組のリオンハルト、クレイユ、イゼリア嬢が舞台に上がっていた。


 ああっ、星組の濃紺のハチマキをきりりと巻いたイゼリア嬢も素敵だなぁ〜っ!

 トレーニングウェア姿はともかく、ハチマキ姿は体育祭だけのレアだからなっ! 一日がかりの体育祭も後は閉会式を残すばかりだし、今のうちにしっかり目に焼き付けておかないと……っ!


 舞台の端のほうには、ディオスが言った通り、椅子が一脚置かれていた。が、もちろん座るつもりはない。ハードル走ですっ転んで擦りむいた膝と手のひらはひりひりするものの、絆創膏も貼ってあるし、ふつうに過ごすのに何も支障はない。


 舞台の前には、生徒達が星組、花組の二つに分かれて整列している。


 生徒会役員に次いで舞台へ上がって来たのは、理事長である姉貴だった。手に、マイクと一枚の紙を持っている。


 おそらく、あの紙に閉会式の前に行われた生徒達によるMVP投票の結果が書かれているんだろう。


 ……ハードル走で最下位になった俺にはもう、関係がないけどなっ!


 ちなみにシノさんは最前列でビデオカメラを構えていた。

 メイド服の左腕に「撮影係」と書かれた腕章をつけている。学年ごとに色分けされたトレーニングウェアの生徒達の中、メイド服のシノさんは思いっきり目立っている。

 俺も、今日はいろんな場面でシノさんを見ている気がする。が、腕章の効果もあって、生徒達は特に気にとめていないらしい。


「生徒諸君、今日は数々の素晴らしい競技を見せてもらった。諸君の若々しさ、青春の汗の輝きに目もくらまんばかりだったよ」


 姉貴が低いイケボで穏やかに語り始めるが……。


 嘘つけっ! 実際には男子高校生が競い合ったり、声援を送りあったり、健闘をたたえあったり……。そんなやりとりに萌え目が眩んでたんだろっ!


 俺が心の中でツッコんでいる間も、姉貴の事情を知らぬ者にはまともにしか聞こえない話は続く。

 きっと聞いている生徒達は、理事長はなんて熱心に見てくれていたんだろうと感動しているに違いない。


 けど、俺はだまされねぇぞっ!


「さて、星組と花組の勝敗だが……」


 姉貴の言葉に、生徒達が一瞬ざわめき、すぐに静まる。


 各競技の順位や応援合戦でも得点が与えられるが、最後、生徒達の投票でMVPが選出された組にも得点が入るので、勝敗は最後の最後までわからない。


 マイクを握り直した姉貴が、十分なタメを置いてから、宣言する。


「今年度の優勝は……花組ですっ!」


 わあっ、と花組の生徒達から歓声が上がる。

 俺も舞台の上で思わずディオス達と顔を見合わせた。


 代々、体育祭では生徒会長が率いる星組が勝つことが多く花組が勝つのはまれだと聞いている。


「やったな!」

 ディオスの喜びに満ちた声に、エキューの弾んだ声が応じる。


「はいっ! やりましたねっ! 夢みたいです!」

「エキュー、その可愛いほっぺをつねってあげようか♪」


 悪戯っぽく笑ったのはヴェリアスだ。


「大丈夫ですっ、つねるんなら自分でします!」

 エキューが笑ってかぶりを振る。


「やったねっ、ハルシエルちゃんっ!」


 満面の笑みで俺を振り返ったエキューが、俺の両手で握りしめ、上下にぶんぶんと振る。

 今にもぴょんぴょんと跳ね出しそうな様子に、心から嬉しいのだとわかる。


「エキュー君、体育部長としても頑張ってたものね! おめでとう!」


「うんっ! すごく嬉しいっ」


 嬉しくてたまらないと言いたげなエキューの笑顔は、見ているこちらまで思わず顔がほころんでしまう。


 俺とエキューが手を取り合って喜んでいる隣では、ディオスとヴェリアスがハイタッチしていた。

 応援合戦が終わった時は、二人の険悪さにどうしようかと思ったが、お互いをたたえ合う今の姿からは、険悪さは微塵も感じられない。


 ほっとすると同時に、星組の面々のことが気になり、ちらりと舞台の逆側に視線を送る。


 リオンハルト達、星組の面々からすれば不本意な結果だろう。

 が、予想とは裏腹に、リオンハルトはにこやかな笑顔で拍手をしていた。


 穏やかに微笑んで惜しみない拍手を送るさまむは、悔しがっているようにはとても見えない。

 負けた方にも関わらず、スポーツマンシップにのっとって好敵手の健闘をたたえる姿からは、器の大きさと品の良さが感じられた。


 リオンハルトとは対象的に、明らかに悔しそうにしているのはイゼリア嬢とクレイユだ。

 二人とも、花組に拍手を送っているものの、いつも冷徹な表情をしているクレイユは珍しく眉根を寄せているし、イゼリア嬢はアイスブルーの瞳をすがめて俺を睨みつけている。


 って! イゼリア嬢に見られてるなんて、嬉しすぎてどきどきしてきちゃうんですけど……っ!


 たとえ睨みつけてる顔であろうと、やっぱりイゼリア嬢は麗しいぜっ! 不機嫌そうな表情も、キツめの顔立ちによく似合ってる……っ!


 イゼリア嬢には申し訳ないと思うが、こればかりは花組全員が頑張った結果なので、俺にはどうしようもない。


 すみませんっ、イゼリア嬢! 俺とイゼリア嬢だけの勝負だったら、喜んで勝ちを譲ったんですけど……!


「どうしたの?」


 イゼリア嬢に対して申し訳ない気持ちになった俺の表情を読んだのか、エキューが小首をかしげる。


「ううん。星組の面々の前で喜び過ぎても悪いかなって……。理事長もずっとこちらを見ているし……」


 姉貴がこっちを穴が開かんばかりに見てる理由はわかるけどなっ!

 どうせ、ディオスとヴェリアスが喜びあってる姿を見て、萌えまくってるんだろっ!


「ハルシエルちゃんは思いやりが深いんだね」

 感心したようにエキューが呟く。


 いやっ、違うから! 俺が気にしてるのはイゼリア嬢のご機嫌だけだから!


 勝利に湧いたざわめきも徐々に静まっていく。


 これ以上は見つめていられないと諦めたのだろう。姉貴がマイクを手に、正面に向き直った。


「続いて、MVPの発表だが……」


 姉貴の声に、俺達も整列し直す。まだ閉会式の途中だ。


 まあ、ハードル走ですっ転んだ俺は、確実にMVPの選外だから、俺にとっては体育祭は終わったも同然だけど。

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