68 台本に入れたら、全員、絶対反対するでしょ?


 激しく剣を振るうディオスの緑の瞳の中には、ヴェリアスを燃やし尽くさんとせんばかりの激情が炎のように燃えている。


「助太刀いたします!」


 一声叫んだエキューも剣を抜いてディオスに加勢する。


 クライマックスで気合いが入っているのか、エキューの顔もかなり険しい。

 いつも笑顔を浮かべている愛らしい顔が、今は凛々しく引き締まっている。


 対するヴェリアスもいつものにやけ顔が嘘のように真剣そのものだ。


 巧みな剣さばきでディオスとエキューの攻撃を防いでいたものの、さすがに一対二では分が悪すぎる。


「悪魔ヴェリアス! 覚悟っ!」


 エキューが突き出した剣を払ったヴェリアスの胴ががら空きになる。


「悪魔め! 地獄に落ちろっ!」


 すかさずディオスがヴェリアスに剣を振り下ろす。

 一瞬、ディオスが振るっているのは本物の剣ではないかと錯覚するほどの気迫。


 苦しげに呻いたヴェリアスの手から剣が滑り落ち、硬い音を立てた。


 ヴェリアス自身もまた、がくりと膝をつく。


「星の輝く夜の闇は、儚くとも、春が来るたびによみがえる花の強さにかなわぬのか……」


 俺を振り返り、呟いたヴェリアスがゆっくりと倒れ伏す。


 紅の瞳は、俺の姿を焼きつけようとするかのように最期まで俺にそそがれていて……。


 切なげなまなざしに、劇だとわかっているのに、なぜか申し訳ない気持ちになる。


 ほんと、三人とも演技に熱が入ってるなぁ……。

 生徒会役員として自分達が導く花組に勝ってほしい気持ちはよくわかる。それとも、これが舞台の魔力とかいうヤツだろうか。


「ご無事ですかっ!?」


 剣を鞘に納めて駆け寄ってきたエキューが、へたりこんだままの俺に、うやうやしく右手を差し出す。


「は、はい……」

 エキューに引っ張り上げられるようにして立った瞬間、ぐいっと腕を引かれた。


「よかった……っ!」


 ぎゅっ、とエキューが俺を抱きしめる。


 エ、エキュー!? 役に入り込んでるのはわかるけど……エキューまでアドリブ入れて来なくていいからっ!


 もぞもぞと動くと、エキューが我に返ったように腕を緩める。


「ディオス様! 花の乙女はご無事です!」


 どことなく名残惜しげに腕をほどいたエキューが、俺の手を取って、ディオスを振り返る。

 エキューに導かれ、俺はディオスへ踏み出した。


「ハルシエル……っ!」

「ディオス様!」


 台本通り、舞台の中央でディオスと向かい合う。

 ぎゅっ、とディオスが俺を抱きしめた。


「申し訳ありません! 俺が不甲斐ないばかりに、貴女を恐ろしい目に……」

「いいえ、そんなことはおっしゃらないでくださいませ」


 ディオスからわずかに身を離し、精悍せいかんな面輪を見上げる。


「きっと、来てくださると信じておりました」


 微笑んで告げると、応えるかのように、ふたたびディオスが俺を抱きしめる。


「もう、決して貴女を放しません! 人間である俺には、星のような永遠のときを持ちません。けれども、たとえいつか枯れる花だとしても、命ある限り、貴女の笑顔を守りましょう」


「はい、ディオス様……! 嬉しゅうございます……っ」


 ディオスの広い胸にそっと頬を寄せる。腰に回されたディオスの腕に力がこもった。


「こうして、花の乙女と王子は、死が二人を分かつまで、幸せに暮らしたのです」


 エキューの締めのナレーションが終わった瞬間、観客席から万雷の拍手が起こる。

 この後、四人並んで礼をするはずだが……。ディオスの腕が緩まない。


「あ、あの、ディオス先輩……?」


 拍手にかき消されない程度の声で囁くと、ディオスが我に返ったように腕を緩めた。


「す、すまない。無事に劇が終わってほっとして……。ぼうっとしてしまった」

「いえ……。私も終わってひと安心です」


 途中、ヴェリアスに頬にキスされた時は、ほんとどうしようかと思ったけどなっ!


 ディオスが斬りかかるより俺が我に返るほうが早かったら、絶対グーで殴ってたぜ!


 ほっとして口元を緩めると、ディオスが俺の右手を取った。そのまま、舞台中央の際へと導かれる。


 そこにはすでに立ち上がったヴェリアスとエキューが待っていた。


 ヴェリアスがにこやかに俺に笑いかけるが、もちろん無視する。

 生徒達の目があるのであからさまにそっぽは向かないが、誰がお前に笑いかけるかっ!


 四人並んで、観客席に頭を下げると、更に大きな拍手がわき起こる。


 今まで練習してきた成果がこの拍手なんだと思うと、なんだか胸が熱くなってくる。


 生徒会役員に選ばれたものの、ろくに生徒のために活動できていなかった気がするけど……。

 少しは体育祭を盛り上げる役に立てたんだろうか。


 きゅっ、と俺の右手握ったままのディオスの指先に力がこもる。

 顔を起こして見上げると、こちらを見つめるディオスと目が合った。


 頼もしげに笑ったディオスが、正面の観客席に顔を向ける。


「体育祭はまだ残り半分ある。花組の優勝のために、力を合わせて頑張ろう!」


 ディオスが俺とつないでいるのとは逆の拳を天に突き上げる。

 観客席の花組側から、ひときわ大きな歓声が湧き上がり、応じる声と天に突き上がる拳が続く。


 さすが、人望のあるディオスだ。中には、


「きゃあぁぁっ! ディオス様――っ! 素敵です――っ!」

「エキュー君、可愛い――っ!」

「ヴェリアス様――っ! わたくしにもくちづけをしてくださいませ――っ!」


 なんて黄色い声も混じっているが。


 っておいっ!? ヴェリアスにくちづけされたいって本気か!?

 代わってほしかったらいつでも代わるぞ!? むしろ代わってほしかった……っ!


「ハルシエル嬢、可愛い――っ!」


 なんて野太い声も混じっているが……。素直に喜んでいいものかどうか……。


 正直、複雑な気持ちだが、MVPに近づけてると思えば、ありがたいことだよなっ! うんっ、前向きにそう考えよう!


 それぞれ、観客席に手を振って歓声に応じながら、舞台袖に引っ込む。


 っていうか、ディオス。寸劇も終わったから、手を放してほしいんだが……。


 四人とも舞台袖に下がったところで、先頭を歩いていたディオスが、ものすごい勢いでヴェリアスを振り返った。


「ヴェリアス!? いったい何を考えている!? 台本にはまったくなかっただろう!? 舞台の上で、あ、あんな……っ!」


 怒りのせいか、ディオスの凛々しい面輪がうっすらと紅く染まっている。俺の手を握る指先に、力がこもった。


 ディオスが何のことを言っているのか瞬時に把握した俺の頬も熱くなる。


 い、いま思い出しても恥ずかしい……っ!

 あんなっ、あんな……っ!


 よりによって、全校生徒の前で頬にキスすることなんてないだろ――っ!


 変な誤解が生まれたら、どう責任を取ってくれるっ!?


「そうですよっ! ヴェリアス先輩! あれはやり過ぎだと思います!」


 俺とディオスだけでなく、エキューまでヴェリアスをにらむ。

 が、当の本人は、いたって飄々ひょうひょうと、悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「え〜っ。だって、台本に入れようとしたら、全員、絶対反対するでしょ?」


「当たり前だ!」

 俺が答えるより早く、ディオスが叩き斬るような声で即答する。


「じゃあ、本番でアドリブでするしかないじゃん♪ おかげでクライマックスの決闘も、熱の入り方が違っただろ?」


「お前は……っ!」


 ぎりっ、と歯を噛み締めたかと思うと、ディオスが大きく一歩踏み出す。


 あっ、と思った時には、ディオスがヴェリアスの襟元えりもとを片手で掴み、吊し上げていた。

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