66 開幕! 熱演、応援合戦!


「とある時代のとある国。花が咲き乱れる森にまう花の妖精である乙女ハルシエルは、森へ狩りに来て、従者達とはぐれてしまったディオス王子と出逢いました……」


 ナレーション役も兼ねているエキューの台詞で寸劇が始まる。


「なんと美しい乙女だろう」


 森の中を現す大道具の木々の間を進んで姿を現したディオスが、舞台の中央で花とたわむれる俺を見て、感嘆の声をこぼす。


 ヴェリアスが脚本を書いたこの物語は、この国で広く知られている童話を元に作られている。なので、多少、話を端折はしょっても特に問題は起こらない。

 そのため、王子と花の妖精である乙女の恋もさくっと進む。


「出逢ったばかりで呆れられるかもしれません。ですが、わたしには貴女あなた以外の相手は考えられないのです」


 ひと目で恋に落ちた二人。


 ディオスが情熱的に花の乙女に愛を囁く。

 濃い緑の瞳には、あふれんばかりの想いがあふれ、告げる声はとろけるように甘い。


(あまり器用なタイプには見えないけど、ディオスって意外と演技が上手いんだよな……)


 何度も練習でやりとりしたとはいえ、ディオスの熱のこもった演技には、毎度感心してしまう。


「わたくしも、あなたをお慕いしております」


 俺の台詞に、ディオスが心の底から嬉しげに笑う。

 そっとディオスの手のひらが伸ばされ、壊れ物にふれるように俺の頬を包む。


「ハルシエル」


 蜜のように甘い声。


 いつもここでディオスから目を逸したくなるが、逸らすわけにはいかない。

 俺は真っ直ぐにディオスの精悍せいかんな顔を見上げる。


 ディオスがゆっくりと身を屈め――、


 突然、おどろおどろしい音楽が鳴る。


 ディオスが身構え、俺を庇おうとした時には、俺は背後から現れたヴェリアスに腕を掴んで引き寄せられていた。

 ヴェリアスがばさりとひるがえしたマントが、俺の身体を半分隠す。


「たかが人間風情が。オレが目をつけていた花の乙女に手を出して、生きてこの森を出られるとでも?」


 毎度ながら、初登場の時のヴェリアスって、ほんっと楽しそうだよな〜。この心から悪事をたのしんでますと言いたげな顔!

 夜の悪魔役は間違いなくハマリ役だな。


「花の乙女はオレのモノ。愚かな人間は地獄へと逝くがいい!」

「待てっ! 悪魔ヴェリアス!」


 俺を連れさろうとするヴェリアスに、ディオスが追いすがろうとする。


 凛々りりしい面輪が悲痛と悔しさに歪む。ディオスの熱演に、俺も負けていられない。


「ディオス様!」


 こちらへ手を伸ばすディオスへと、必死に手を伸ばそうとする。

 が、俺の手はあっさりヴェリアスに絡め取られてしまう。


「きみの可憐な唇が紡ぐのは、身のほど知らずの愚か者の名ではない。どうか、俺の名前を呼んでおくれ。ヴェリアス、と」


 俺の手を持ち上げたヴェリアスが、愛おしげに指先にくちづける。

 次いでディオスを振り返ったヴェリアスの顔には、酷薄な笑みが刻まれていた。


「きみが惑わせれたりせぬよう、あの愚か者は地獄へ送っておこう」


「やめてくださいっ!」


 俺の制止を一顧だにせず、ヴェリアスがマントを払う。

 しかし。


「王子を殺させはしませんっ!」


 果敢に飛び出し、ディオスを背に庇ったのは森の妖精であるエキューだ。

 俺はヴェリアスのマントに包まれたまま、いったん舞台袖ヘ下がる。


「花の乙女が夜の悪魔に囚われたままでは、この森は花の咲かぬ死の森になってしまいます。僕がご助力いたします。二人で乙女をあの悪魔の手から取り戻しましょう!」


 舞台の上ではエキューとディオスの演技が続いている。


 二人が励まし合って苦難を乗り換えていく中盤は、時間の関係でかなり短縮されているとはいえ、花の乙女を取り戻そうとする二人の熱意が目に見えるかのようだ。



 二人が森の奥、悪魔のヘ着いたところで、ディオスとエキューが舞台からいったん退場し、代わって俺とヴェリアスが出る。


「花の化身のごとき乙女は、わたしには笑顔を見せてくれぬのか?」


 紅の瞳をすがめ、ヴェリアスが苦く問う。


「無理やり連れて来られて、暢気のんきに笑えるとでも?」


 俺はつん、ととげとげしさを隠さずにそっぽを向く。

 ヴェリアスの手が頬に伸びたかと思うと、なかば強引にヴェリアスの方に向けられる。


「きみが望むならば、夜空の星すら取ってきて、贈ると言っているのに?」


 ここからしばらくはヴェリアスのオリジナルの台詞が続く。


「星など、欲しいとは思いません」

 冷ややかにヴェリアスの申し出を拒絶する。


「星など、空が曇ってしまえば見えなくなるもの。闇の中にいる者の慰めにもならないものに、心惑わされはいたしません」


 俺は両手を胸の前でぎゅと握る。


「永遠の輝きよりも、わたくしが愛するのは一輪の花。闇の中でも香り立ち、心慰めてくれるものを愛します。――たとえ、それが儚く枯れてしまうものであっても」


 「星」よりも「花」がよい。


 応援合戦のメッセージでもあるこのシーンは、最初の頃、何度もヴェリアスからダメ出しをされた。


「ハルちゃんの台詞がこの寸劇のきもなんだから。もっと情感を込めて言わなきゃ♪ いいんだよ? オレへの気持ちを照れずに素直に出してくれれば♪」


「そうしたら、応援合戦は確実に負けちゃいますね」


「ハルちゃんひどっ! オレがものすごく頑張って考えた台詞なのにさーっ!」


 だが、ヴェリアスの言葉はいいヒントになった。

 コツを掴んでからは、このシーンは一度も台詞をんだことがない。


「たとえ冬の嵐が花を枯らそうと、花はふたたび咲き誇ります。わたくしの心は、とうにこの胸に咲く花に捧げているのです。愛しいあの方を想って咲く花に」


 そう! イゼリア嬢の姿さえ想い描けば!

 イゼリア嬢への気持ちだけは、誰にも負けないっ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る