65 生徒達の視線を釘付けにしてあげるから♪


 ディオスは濃い緑に金の刺繍ししゅうが入った衣装で、短いマントを肩にかけ、腰にはヴェリアスと同じく作り物の剣をいている。

 ディオスの赤毛に衣装の緑がよく映えて、体格のよさも相まって、おとぎ話の王子様が絵本の中から抜け出したかのようだ。


 一方エキューは淡い緑と空色の衣装で背中には、透ける素材で作られた妖精の羽がついていた。

 ふわふわと柔らかそうな淡い金色の髪と相まって、こちらも絵本から抜け出したかのようだ。エキューも腰に華奢きゃしゃな造りの模造剣を下げている。


「ディオス先輩もエキューくんも、素敵ですね!」


 思わず褒めるとエキューが嬉しそうに破顔した。


「ハルシエルちゃんだってすごく可愛いよ! まるでお姫様みたい!」


 俺の衣装は白いドレスだ。スカートだけでなくパフスリーブや胸元にも透け感のある布地がふんわりとかかっていて、幾重にも花びらを重ねたように見える。

 さらに、そこここにピンク色のシルクで作られた布製の薔薇の花が縫いつけられ、彩りを添えていた。


(お姫様、か……。俺が女の子だったら、テンションも上がってたんだろうけどなぁ……)


 エキューの無邪気な褒め言葉は、他意がないとわかっているものの、中身が男子高校生の俺としては、正直、複雑な気持だ。


 MVPのことがなければ、もっと地味な衣装がよかったし、化粧なんてしたくもない。


「緊張しているのか?」


 俺の微妙な表情に気づいたのか、ディオスが凛々しい眉を寄せて気遣わしげに問う。俺はあわててかぶりを振った。


「す、少しだけですから、大丈夫です。星組の応援合戦が素晴らしかったので、比較されるかと思うと緊張してしまって……」


 この衣装だって、もしイゼリア嬢が着ていたら、俺とは比べものにならないくらい可憐だったに違いない。

 いや、さっきの大人っぽいドレスも目が潰れそうなほど綺麗でまばゆかったけど!


 っていうか、あの素晴らしいイゼリア嬢のダンスの後か……。


 こういうのって、後攻のほうが緊張しちゃうよな。MVPを獲るためにも、間違っても台詞とかめないし。


 やべっ、ちょっと……。ていうか、かなりどきどきしてきた……!


「大丈夫だ」


 俺の心を読んだかのように、力強い声で断言したディオスが見る者を安心させるような笑顔を見せる。


「今までの練習してきたんだ。その成果を見せるだけだ。何も不安に思うことはない。もし何かあったとしても、俺もヴェリアスも、エキューもついている。たとえ台詞がをど忘れしても、アドリブでなんとかするさ」


「そうだよ、一人で気負わなくても大丈夫だよっ。みんなで成功させよう!」


「ありがとうございます……っ」


 頼もしいディオスと、明るく励ましてくれるエキューに、緊張が少し軽くなる。


「そーそー、俺に任せなよ。生徒達の視線をハルちゃんに釘付けにしてあげるからさ♪」 


 ヴェリアスも自信満々で頷く。この自信がどこから来るのかは知らないが、こんな時には頼もしい。


 と、ヴェリアスが「で?」と悪戯っぽく微笑む。


「ディオスとエキューは素敵だって褒めて、オレは褒めてくんないワケ?」


 そう問いかけるヴェリアスも、客観的に見れば、もちろん十二分に格好いい。いつもがチャラい雰囲気のせいか、かっちりとした服を着ると、人が変わったように大人びて見えて、妙な色気すら感じる。


 悪戯っぽい表情だけは、服装が変わってもそのままだけど。


「いつもと雰囲気が違うのは確かですね」


 悔しいが、格好いいのは認めてもいい。

 が、ヴェリアス相手だと、それを素直に口に出して認めたくない。


 自分でもわからぬ対抗心に押されてすげなく答えると、ヴェリアスが不満そうに唇を尖らせた。


「え~っ! オレだけそんな扱いなワケ!? ひどいっ、差別だっ! 断固抗議する!」


「褒めたらうるさそうだと思って褒めなかったら、褒めなくてもうるさいんですね!」


 ったく、どうしろって言うんだよっ!?


「へぇ〜。ってコトは、ハルちゃんもオレを格好いいと思ってくれてるんだ♪」


 ヴェリアスが、勝ち誇ったようににやりと唇を吊り上げる。


「っ! 知りません! 勝手にお好きな妄想に浸ってたらいいんじゃないですか?」


 くそっ、コイツの妙に勘がいいところが嫌だ!


「えっ、いいの? じゃあイロイロ妄想しちゃおっかな♪ ハルちゃんがうっとりしたまなざしでオレを見上げて……」


「不気味な妄想を垂れ流さないでくださいっ!」


 ぞぞぞっ、と背中に悪寒が走り、ヴェリアスを睨み上げる。と、甘く柔らかな笑顔にぶつかった。


「うんうん。そんなに元気なら、緊張もほどけたみたいだね♪」


 ぽふぽふと、髪を崩さないよう、ごく軽い手つきで頭を撫でられる。


 確かに、先ほどの緊張は、ヴェリアスにツッコんでいるうちに、すっかりどこかに消えていた。


「初めて生徒会役員になったハルちゃんは、人前に慣れてないもんね♪ でも大丈夫だよ。オレ達が、絶対にハルちゃんを助けるから。応援合戦だって、こっちのもんさ♪」


 自信にあふれたヴェリアスの声が、すとんと心の中に落ちる。


 ゆっくりと見回すと、目が合ったディオスとヴェリアスとエキューが、三人とも、柔らかな笑顔で力強く頷く。


「ヴェリアスの言う通りだ。俺達がついている」

「そうだよ! ハルシエルちゃん、練習だってすっごく頑張ってたんだから! 絶対、大丈夫だよっ」


 頼りになるディオスに、いつも元気をくれるエキュー。

 ヴェリアスはちょっと……不安があるけど。


 でも、この三人がいれば何が起きても大丈夫そうな気がする。


「そう、ですね。ありがとうございます!」


 こくりと頷き、お礼を言うと、三人が満足そうに微笑む。


「さあ、大道具の準備も整ったようだ。練習通りにやろう」


 ちらりと舞台に視線を投げかけたディオスが告げる。

 俺達は誰ともなく力強く頷くと、初夏の陽光できらめく舞台へと踏み出した。

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