62 嫌な記憶は尊さで上書きしろっ!
「生徒会役員のオルレーヌさんを祝福するのでしたら、生徒会役員の上、同じ星組のわたくしにも祝福をくださいませっ!」
イゼリア嬢の申し立てにリオンハルトが柔らかく微笑む。
「きみが望むならかまわないが――」
「ダメですっ!」
俺から離れ、イゼリア嬢に向かおうとしたリオンハルトの手を、とっさに握る。
リオンハルトが碧い瞳を見開いて俺を振り向いた。
「ダメ! 絶対ダメですっ! イゼリア嬢を祝福するなんて、そんな……っ!」
推し令嬢がっ! イゼリア嬢が俺の目の前で他の男に、額にとはいえキスされるなんて……っ!
どんな精神的拷問だよっ!
「ダメです……っ!」
泣きそうになりながら、リオンハルトをじっと見つめる。
リオンハルトの向こうでイゼリア嬢が
許してくださいっ、イゼリア嬢!
俺は死んでも見過ごせねえぇぇ――っ!
「さ、さっき! さっきのはフリでしたよねっ!? リオンハルト先輩ともあろう御方が、許可なく婦女子のおでこにキスなんてなさいませんもんねっ!?」
なんとかイゼリア嬢とリオンハルトのデコちゅーを回避できないかと、俺は必死に頭を巡らせる。
俺の願いが通じたのか、リオンハルトが「ああ……」とゆっくり頷いた。
「そうだね。許可なく妙齢の令嬢にくちづけるわけにはいくまい」
さっき! 俺に! 許可なくデコちゅーしやがったけどなっ!
苦笑したリオンハルトが、そっと俺の手を外し、イゼリア嬢に向き直る。
「もちろん、きみのことも応援しているよ、イゼリア嬢。ともに星組を勝利に導こう」
優しい声音で告げたリオンハルトが、イゼリア嬢の手を取ったかと思うと、腰を屈め、手の甲に軽くキスをする。
騎士が令嬢にするような、うやうやしいくちづけ。
リオンハルトもイゼリア嬢もトレーニングウェアなのに、俺は、盛装してタキシードとドレスを着ている二人の姿を幻視した。
イゼリア嬢の麗しい美貌が熟れた果実のように真っ赤に染まる。
ぎゃ――っ! イゼリア嬢が赤面する姿の可憐さに、俺が溶けちゃう――っ!
……イゼリア嬢を照れさせたのがリオンハルトっていうのがアレだけど、そこは考えるな、俺!
ヤバイっ! イゼリア嬢が頬を染めて照れる顔、破壊力高すぎっ!
『キラ☆恋』の中でも、たまーに極レアで立ち絵を見たことがあったけど……。それを生で見れるなんて……っ!
ああっ、リオンハルトの野郎にデコちゅーされた嫌な記憶が、イゼリア嬢の尊さで上書きされていく……。
俺が
「もーっ、ハルちゃんってば、こんなとこにいたの? 人気のないとこでオレと愛を語らいたいなら、先に教えといてくれたら探さないで済んだのにさ〜」
校舎の角からヴェリアスがロクでもない台詞を吐きながら現れた。
「って……。リオンハルトとイゼリア嬢も? ホントにナニしてたのさ?」
リオンハルトとイゼリア嬢にも気づいたヴェリアスが不思議そうに眉を寄せる。
「イゼリア嬢と、体育祭で使う道具の最終確認をしてたんです! そうしたら、たまたまリオンハルト先輩が来て……」
「イゼリア嬢と」の部分を強調して説明する。
珍しくイゼリア嬢からの反論は飛んでこない。まだうっすらと頬を染めてぽうっとしている。
「ふうん? ……イゼリア嬢、何かぼんやりしてるけど大丈夫?」
ヴェリアスが眉を寄せたまま、イゼリア嬢を見やる。リオンハルトが困ったように頷いた。
「ああ……」
「リオンハルト先輩に応援してもらって、感動してるみたいですよ! ヴェリアス先輩、もうすぐ開会式だから探しに来てくださったんですよねっ!? さっ、戻りましょう!」
リオンハルトが余計な口を叩く前に、先回りして説明する。
もし、リオンハルトに額にとはいえ、キスされたなんてヴェリアスが知ったら……っ!
ヤバイっ! 何かヤバイことが起こるって、俺の本能が囁いている……っ!
「ヴェリアス先輩! 早く行きましょう!」
可能ならば、ずっとイゼリア嬢を見ていたい気持ちを自制し、俺は真っ先に
リオンハルトとイゼリア嬢は星組なので、集合場所は逆側だ。
「え〜っ! せっかく迎えに来たのに、ハルちゃんってば冷たいな〜。待ってくれてもいいじゃん!」
ヴェリアスが不満そうな声を上げて追ってくるが、当然、無視する。
と、あっさりと俺の隣に並んだヴェリアスが身を屈め、俺の顔を覗き込む。
「ハルちゃん、リオンハルトとナニかあった?」
「っ」
強張りかけた顔を、歯を噛み締めて取り
リオンハルトのくちづけを
「な、何もなかったですよ?」
よっし! ふつうの声を出せたぞ! ちょっとどもったけど。
っていうかヴェリアス! お前、妙なトコでやたらと勘がいいなっ!?
頼むからもうツッコんで来るなよっ!?
「ふうん……」
思わせぶりにヴェリアスが呟く。
うわっ、これ何か気づかれたのか!? それともカマをかけただけかっ!?
どっちなんだよっ!? くそっ、読めねえ……っ!
ヴェリアスの視線が頬に突き刺さるのを感じる。じわじわと頬が熱を持ってくるが、決して視線は向けない。
向けたらバレそう! っていうか、背中の冷や汗がすげえっ!
「な、何か、私の顔についてますか!?」
黙ったままヴェリアスに突っ込まれてボロを出すよりはと、そっぽを向いたまま挑むように問うと、ヴェリアスがくすりと笑う気配がした。
「ん? 何にもついてないよ? むしろ、これからつけたいかな♪」
「はい?」
ワケがわからず、眉をひそめてヴェリアスを振り返ると、
「その無防備な頬に、唇とか♪」
「っ!? 絶対お断りしますっ!」
ぼっ、と頬が燃えるように熱くなる。
ぎゃ――っ! もうコイツほんと何考えてるんだよっ!
ほんとに気づいてないよなっ!? 気づいてないと言ってくれ!
「何を馬鹿なことを言っているんですか! もうっ、先に行ってますからね! ヴェリアス先輩は絶対歩いて来てくださいねっ!」
身の危険を感じて、俺は言い捨てると同時にダッシュする。
ヴェリアスの楽しげな笑い声が追いかけて来たが……。
俺は追いつかれてなるものかと、必死に駆け続けた。
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