61 わたしもきみを応援してもよいわけだね?


 あまりの幸福にくらりとよろめく。と。


「大丈夫かい?」


 とす、と身体を誰かに受け止められた。

 ふわりと漂ったのは、華やかで高貴な香り。


「リ、リオンハルト様!?」


 俺が振り向いて確認するより早く、イゼリア嬢が驚きの声を上げる。


「これから体育祭が始まるというのに……。体調がよくないのかい?」


 首をねじって後ろを見上げると、心配そうにこちらを見つめる碧い瞳と視線が合った。


 うっかり頷いたら、すぐさまお姫様抱っこで保健室ヘ連れて行かれそうだ。俺はあわててぶんぶんとかぶりを振る。


「ちっ、違います! 私はすこぶる元気です!」

 むしろ、元気過ぎて鼻血を吹き出しそうなくらい!


「本当に?」

 リオンハルトの形良い眉はひそめられたままだ。


「こんなはしの人気のないところで、いったい何をしていたんだい?」


 リオンハルトがちらりとイゼリア嬢を見やる。


 イゼリア嬢の愛らしい面輪が緊張で強張こわばった。

 きっと、リオンハルトに誤解されたと考えてるに違いない。


「応援を! イゼリア嬢に応援をいただいていたのです!」


 リオンハルトが余計な口を開かぬうちにと、急いで告げる。


「応援?」

 リオンハルトが不思議そうに首をかしげた。俺はこくこくと頷く。


「そうですわ! 私もイゼリア嬢も、体育祭は生徒会に入ってから初めて経験する大きな行事……! 特に、私は中学校では生徒会の経験はありませんでしたから。残念ながら、別々の組に分かれてしまいましたが、生徒会役員であるのは私もイゼリア嬢も同じ。ですから、お互いに声援を送りあっていたのです!」


「わざわざ、こんな人気のないところで?」

 確認するようなリオンハルトの声に、こくりと頷く。


「私とイゼリア嬢は別の組ですから……。他の方に見られて、うがったことを思われてはと、危惧きぐしたのです……」


 さり気なくリオンハルトの腕の中から離れつつ説明する。


「なるほど」

 ようやくリオンハルトは納得したらしかった。端麗な面輪に柔らかな笑みが浮かぶ。


「星組と花組は敵同士だからね。確かに、口さがないことを言うやからがいないとは限らない」


 だが、とリオンハルトが甘く微笑む。


「きみが言う通り、わたし達の務めは、争うことではなく生徒会役員として、体育祭をつつがなく成功させることだ。声援を送りあうことは、何らおかしいことではない」


「ですよねっ」


 リオンハルトが納得してくれたことに安堵し、うんうんと頷きながら、俺はさらに距離を取ろうとした。が。


「では、わたしもきみを応援してもよいわけだね?」


 リオンハルトが不意に俺の手を掴んで、引き寄せる。


「きゃっ」

 よろめいた俺をリオンハルトが抱きとめる。


 大きな手が優しく頬を包み込み、上を向かせる。

 碧い瞳が柔らかに笑んで俺を見下ろしていた。


「組は違うが、わたしもきみを応援しているよ。頑張って」


 蜜のように甘い声。

 リオンハルトの手のあたたかさが移ったかのように、俺の頬も熱を持つ。


 端麗な面輪をほうけたように見上げていると、リオンハルトが身をかがめた。

 俺が身構えるより早く、呼気がかすかに前髪を揺らしたかと思うと。


 額に、あたたかく柔らかなものがふれ、一瞬で離れる。


「っ!?」

 真っ白に漂白された頭に、蜜のように甘い声がするりと入り込む。


「きみに祝福を」


 視線だけを上げると、身を起こしたリオンハルトが、とろけるように甘い笑みを浮かべていた。


 ようやく、俺の時間が動き出す。


 い、いいいいいいいまっ、何しやがったあぁぁぁ――っ!?


 お、おおおでこに……っ! おでこにキスしやがったな、てめぇ――っ!?


 何をされたか理解した瞬間、ぼんっと、爆発したように顔が熱くなる。


 おっ、男にっ! 男にキスされるなんて――っ!


 肩に置かれた手を振り払い、澄ました横っ面をパンチを食らわせてやりたい。

 ぐっ、と拳を握り込んだ瞬間。


「リ、リオンハルト様っ!?」


 イゼリア嬢の悲愴な叫びが、俺を現実に引き戻す。


 振り向くと、イゼリア嬢が両手を口元に当て、おぞましいものを見せられたかのように、わなわなと震えていた。


「いっ、今っ! 今、まさか……っ!?」


 「ちっ、違うんです! イゼリア嬢!」と、俺が弁解するより先に。


「ずるいですわっ! リオンハルト様! オルレーヌさんだけに祝福をお与えになるなんて……っ!」


 イゼリア嬢がアイスブルーの瞳をきっ! と怒らせて言い放つ。


「オルレーヌさんに祝福を与えるのでしたら、わたくしにもお与えくださいませっ!」


 ええぇぇぇぇぇっ!? イゼリア嬢、本気ですかっ!? 

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