51 いくら外見が可愛くったって……。
エキューにアドバイスをもらいながら、何度も走って練習する。
しばらく走ったところで、「ちょっと休憩しない?」と声をかけられた。
かなり息が上がっていた俺は、素直にエキューの言葉に従い、そばの芝生の木陰に、エキューと並んで腰を下ろす。
「はい、これ」
と、エキューが持ってきていたリュックから出してくれたのは、よく冷えたスポーツドリンクだった。遠慮したが、
「水分補給は大事だよ。今日はお天気もいいから、脱水症状を起こしたら大変だし」
めっ、と可愛く
「じゃあ、いただくね。ありがとう」
礼を言って受け取ると、「うん!」とエキューが嬉しそうに、にぱっと笑った。
ああくそっ、可愛いなっ!
可愛い系は俺の好みじゃないけど、男相手なのに思わずきゅん! と、ときめいてしまう。
エキュー、俺よりもヒロイン力が高そうなんだけど……。もうこれ、俺じゃなくて、エキューがヒロインでいいんじゃね?
そうだよっ! エキューだったら、腐ってる姉貴だって文句言わないだろうし!
「どうしたの?」
いつの間にかまじまじとエキューの顔を見てしまっていたらしい。こてん、と首をかしげたエキューに問われて我に返る。
「ううん。その、エキュー君って、私から見ても可愛いなぁって思って……」
答えると、エキューが哀しげに眉を寄せた。予想外の反応に驚いてしまう。
「可愛いって……。僕よりずっと可愛いハルシエルちゃんに言われても、素直に喜べないや……。ごめんね」
しっぽを垂れた子犬のような姿は、やっぱり可愛いとしか形容ができないが……。
うん、わかる! 可愛いと言われて複雑に思う気持ちは、すっごく理解できるぞ!
「そうだよね! 可愛いって誉め言葉だけれど、無条件にいつでも嬉しいわけじゃないものね! わかるわ!」
共感のあまり、思わず両手でエキューの手を握りしめる。
「えっ!? わかってくれるの!?」
意外そうに明るい緑の目を見開くエキューに、こくこくと何度も頷く。
「もちろん! 可愛いって言ってもらえても、それは一面しか見られていないって、不満に思ってしまう時があるよね。私を構成しているのは、この一面だけじゃないのに、って」
リオンハルト達に「可愛い」と言われても、正直、嬉しくもなんともない。むしろ、妙に気恥ずかしい気持ちになってしまう。
俺だって、ハルシエルの容姿は文句なしに可愛いと思う。
柔らかに波打つ金の髪、お人形みたいに愛らしい顔立ち。
けど、いくら外見が可愛くったって、中身は男子高校生だぞっ!? 可愛いワケないだろっ!?
「何だか外見だけに惑わされて、本当の自分を見てもらえていない気がするというか……」
「そう! そうなんだ! わかってくれる!?」
俺の呟きに、エキューが我が意を得たりとばかりに大きく頷く。と、悔しげに眉を寄せて視線を伏せた。
「僕だってさ。れっきとした男なんだし。可愛いって言われても、素直に喜べなくて……」
「エキュー君は、格好いいよ」
「っ!?」
エキューがはじかれたように顔を上げる。
俺は新緑の瞳に視線を合わせると、にっこり微笑んで告げた。
「エキュー君はすごく格好いいよ。さっき、走っている姿を見せてもらったけど、思わず見惚れてしまうくらい、格好よかったもの。エキュー君は可愛いだけじゃなくて、格好いいところもたくさん持ってるよ」
それに、と俺は握りしめたエキューの両手を軽く持ち上げる。
「マリアンヌ祭でダンスを踊った時に思ったもの。大きくて骨ばっていて、立派な男の子の手なんだなぁって……。リードだって巧みで、安心して踊れたもの」
おかげでしっかりイゼリア嬢のダンスを見られたからな! ありがとう、エキュー! 感謝してもし足りないぜっ!
「ハルちゃん……!」
エキューが感極まったような声を出す。
「今だって、入学してから間がないのに、体育部長として率先して頑張ってくれているでしょう? それだけじゃなくて、こうして私の練習にもつきあってくれて……。自分の仕事を責任をもって果たしている上に、周りにも優しくできるなんて、エキュー君は格好良くて立派よ! 私が太鼓判を押すわ!」
「ありがとう!」
不意に、エキューが俺の手をほどいて飛びついてくる。
「きゃっ!」
あまりの勢いにこらえきれず、背中から芝生に倒れ込む。
ふわり、とエキューの甘いコロンとかすかに汗が混じった匂いが鼻に届く。
「わっ、ごめん! 嬉しすぎて、つい……っ」
エキューがあわてふためいた声を上げる。
腕立て伏せの要領で身を起そうとしたエキューと、ぱちりと視線が合った。
すっきりとしたラインを描く頬はほのかに赤く染まり、新緑の瞳は潤んだように熱を宿している。
抱きついてきた力強さも、俺の顔の横についた手も、明らかに男の子特有のたくましさで。
女の子のように可愛くても、やっぱり男の子なんだなぁ、と、妙にしみじみしてしまう。
「ハルシエルちゃん……」
エキューが噛みしめるように、甘い熱を宿した声で、俺の名を紡ぐ。
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