50 背中に天使の羽でも生えてない?
「わぁ……っ!」
感嘆のあまり、俺は
放課後、今日は生徒会での体育祭の準備がないので、以前ディオスが用意してくれたハードルで、一人で練習に励んでいたのだが。
そこへ来てくれたのが、エキューだった。
「ディオス先輩に、ハルシエルちゃんの見本になってほしいって頼まれたからね」
と、屈託のない笑顔で。
俺が花組になったのは、ディオスとエキューとのイベントを起こすためだと姉貴から聞かされた俺は、最初、エキューの申し出を断る気満々だった。
けれど、体育部長の仕事で忙しいのに、ディオスに頼まれたからと律義に来てくれたエキューを、邪険に追い返すなんてことができるはずもなく。
(それに、MVPを獲るためには、ハードル走でも一位を獲るに越したことはないもんな……! ディオスだって、エキューの走りを見せてもらったほうが参考になるって言ってたし……)
というわけで、エキューにハードルを跳んでもらったのだが。
「どうだった?」
ゴールしたエキューが天使の笑顔で駆け寄ってくる。俺はエキューの背中側に回り込むと、少年らしい薄い肉づきの背中を、思わずまじまじと観察した。
「えっ、何? どうしたの? 何かついてる?」
おろおろと尋ねるエキューに、大真面目に、
「飛んでるように軽やかだったから、背中に天使の羽が生えてるんじゃないかと思って」
と答えると、
「そんなわけないよ! そもそも、羽なんて大きなものが背中についていたら、空気抵抗がすごくて、ろくに走れないよ?」
「そ、それはそうなんだけど……。でも、本当に羽が生えているんじゃないかと思うくらい、エキューくんの走りが軽やかだったから……」
話しながら、自分でも馬鹿なことを言っていると自覚してきて、恥ずかしさに頬が熱くなってくる。
だが、つい天使の羽を確認したくなってしまうほど、エキューの走りは見事だったのだ。
先日見せてもらった力強いディオスの走りとは対照的な、軽やかで素早い走り。
ディオスは、自分の走りよりもエキューの走りのほうが参考になると言っていたが、俺からしてみれば、ディオスもエキューも、俺とは実力差がありすぎて、真似なんてできる気がしない。
「どうしたの?」
視線を伏せた俺に、エキューが心配そうに尋ねる。
心をほぐすような柔らかな声音に、胸の中の不安が、思わず口からこぼれ出る。
「その、私なんかがいくら頑張って練習したって、MVPには届かないんじゃないのかな、って……」
言った瞬間、自分の言葉が自身の胸に突き刺さる。
俺はあわてて一つつかぶりを振ると、顔を上げた。
「ごめん! 変なことを言って。練習する前から、こんな弱気じゃだめだよね! せっかく忙しいエキューくんが、時間を取って教えに来てくれたのに」
胸の痛みを隠して、
元々が無茶な挑戦なんだ。運動が得意でもないのに、MVPを獲ろうなんて。
もちろん、応援合戦の寸劇の練習だって頑張っている。
結果がどうなるかなんて、当日まで誰にもわからないんだ。なら、俺はイゼリア嬢とデートできる可能性のために、できる努力はなんだってやってみせる!
「エキューくんに見せてもらった走りを見本に、イメージしながら跳んでみるね! よかったら、チェックしてもらえる?」
意識を切り替え、スタートラインに向かおうとして。
「……ハルシエルちゃんは、見た目とは裏腹に強いんだね」
感心しきったエキューの声に、足を止める。
振り返ると、エキューがまぶしげな目でこちらを見ていた。
「風に揺れる花みたいに可愛らしい外見なのに。ハルシエルちゃんの心は、しなやかで強いんだね」
「そう、かな……?」
外見は女子だけど、中身は男子だからなぁ、とは口が裂けても言えず、あいまいに首をかしげる。
エキューが笑顔で大きく頷いた。
「うん! すごいと思うよ! 応援したくなる!」
純粋なエキューの笑顔は、見ているだけで嬉しさがあふれてくる。
そうだよな! エキューだって応援してくれるんだし、やれるだけ頑張らないとなっ!
「ありがとう。じゃあ、エキュー君の走りの域には到達できないだろうけど……。でも、少しでも近づけるように頑張ってみるね!」
「うん。僕、タイム計るね! 頑張って!」
エキューの応援を受けてスタートラインに立つ。
脳内にイメージするのは、もちろんさっき見せてもらったばかりのエキューの走りだ。
ディオスからのアドバイスも思い返しながら走り出し――。
「どうだったかな?」
走り終え、ゴールのところでストップウォッチを持って立つエキューに尋ねる。
「9.2秒だよ、すごい! ディオス先輩に聞いた前のタイムより短くなってるよ!」
「ほんとっ!?」
弾んだ声で教えてくれたエキューと二人、ぴょんぴょんと跳び上がって喜び合う。
「うん! フォームもさまになってきてるし、ちゃんと練習の成果が出てるよ! 練習したら、9秒を切るのも夢じゃないと思うよ」
「嬉しいっ! 頑張るね!」
さっきの走りは、自分でもかなり上手く跳べた自信がある。
「今の感覚を忘れないうちに、もう何本か練習してみるね」
「うん、頑張って!」
エキューが両手をぐっ、と握りしめて応援してくれる。
ほんっと、エキューって可愛いなぁ~。ディオスが頼りになる兄貴なら、エキューは可愛い弟って感じだ。
もしこんな弟がいたら、絶対に可愛がってただろうなぁ。
ディオスとは別の意味で、エキューが男女ともに人気があるのも納得だ。アイドルとかマスコットとか、そんな感じだもんな。……男だけど。
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