47 悪魔に魂を売ったって、悔いはしないっ!
俺がシノさんに何としてもケーキ屋さんを教えてもらおうと決意を固めている間に、リオンハルト達もケーキを選んでいく。
「体育祭の準備は順調に進んでいるかい?」
シノさんの紅茶が行き渡ったところで、姉貴が口を開く。こくり、と緊張した面持ちで頷いたのはエキューだ。
「はい。僕が慣れていないせいで、つまずいたりしたところもありましたが、皆さんに手伝っていただいて、なんとかなりそうです」
「そうか」と頷いた姉貴が、にこやかにエキューに語りかける。
「気に病むことはないよ、エキュー。誰だって、初めてのことには不慣れなものだ。そんな時は、無理に一人で頑張らずに、素直にリオンハルト達に助けを求めたらいい。リオンハルトもディオスもヴェリアスも、後輩に頼られて嬉しいと思うことはあれ、間違っても迷惑だなんて思わないだろうからね」
「そうだよ、エキュー。理事長のおっしゃる通りだ。しばらく生徒会室に来れなくて気を遣わせてしまったかもしれないが、何かあったらすぐに言ってほしい」
姉貴の言葉にリオンハルトがエキューに微笑みかける。ディオスとヴェリアスもそろって頷いた。
「そうだぞ。ささいなことでも、遠慮なく頼ってくれ」
「そうそう。可愛いエキューが沈んでいたら、こっちまで哀しくなっちゃうからね♪」
「先輩方……! ありがとうございます!」
エキューが感極まった声を上げる。
新緑の瞳は純粋な感謝にあふれていて、見ているこちらのほうがまぶしく感じるくらいだ。
切れ長の目を不機嫌そうに細めて口を開いたのはクレイユだ。
「とはいえ、お前は意外と負けず嫌いなところがあるだろう? もし、先輩方に言いづらいことがあったら、せめてわたしには言ってくれよ」
「クレイユだって、僕より意地っ張りで負けず嫌いだと思うけど。でも……うん。やっぱりクレイユにはお見通しだねっ。大丈夫だよ、クレイユには何かあったらちゃんと頼るから!」
クレイユの言葉に言い返したエキューが、照れたように笑う。
くったくのない笑顔に、場の空気も
さっすがエキュー、『キラ☆恋』一番の愛され癒しキャラ!
……が。エキューに気を取られていた他の面々は気づかなかったが、俺は見た。
さっきのやりとりを見聞きしていた姉貴とシノさんが、にやけた顔を見合わせていたのを。
絶対、「エキューたんマジ天使♡」とか「先輩達に対抗意識を燃やしてるクレイユ、ほんと萌える!」とか思ってるんだろうなぁ……。
俺は知らないけど、なんかイベントに関係する台詞とかだったんだろうか。
シノさんが何をどこまで知っているかはわからないけれど、リオンハルトルートしか知らない俺と違って、姉貴は全キャラのメインルートはもちろん、全エンディングをクリアしてるらしいからな……。
ん? ってことは、もしかして、ハルシエルがMVPを獲る方法も知ってたりする……?
いやいやいやっ! 落ち着け俺! 姉貴に助言をもらうってことは、悪魔に魂を売り渡すってことと同義語だぞ!?
姉貴に助言を請う、ということを今まで考えなかったワケじゃない。
が、相手は弟である俺と、イケメンどもを組み合わせて、「ぐぇっへへへへ♡」と妄想するような腐りに腐りきった悪魔だ。
教えてもらえないならまだしも、俺がリオンハルトルートしかプレイしていないのをいいことに、真逆のことを教えられる可能性も……ある!
あの
けど、ハルシエルがMVPを獲ったとして、デートを相手を選ぶ権利を行使できるのは、あくまで俺自身だ。
いくら姉貴が理事長でも、口出しはできないはず。
そもそもイゼリア嬢が生徒会に入ったのも、『キラ☆恋』とは違う展開だし……。これはやっぱりイゼリア嬢との距離を縮める大チャンス!?
「下級貴族の方は、やっぱり食べ方も
ぐるぐると悩みの海に沈み込んでいた俺は、イゼリア嬢の声にハッと我に返った。
俺の皿の上では、食べかけの苺のタルトが無残な状態になっていた。
無意識のうちにフォークでつついてしまっていたせいで、苺はさらに転げ落ち、生クリームはでろんと垂れている。
「す、すみません!」
俺はあわててフォークを持ち直すと、タルトを口へ運んだ。十分に熟れた苺は、甘酸っぱくておいしい。甘さ控えめの生クリームが絶妙にマッチしている。タルト生地はさっくりとしていて、バターの風味が芳醇だ。おいしさに思わず頬が緩んでしまう。
「理事長からのせっかくの差し入れだというのに、失礼でしてよ」
つん、と冷ややかに告げたイゼリア嬢の皿には、まだケーキが半分ほど残っている。
イゼリア嬢は上品な手つきでケーキをひとかけら口へ運ぶと、幸せそうに微笑んだ。ふだんは釣り上がり気味のキツイ目が、柔らかな弧を描く。
ヤバイ! 可愛いっ! ケーキを美味しそうに食べる女子って、可愛すぎるっ!
こんな可愛いイゼリア嬢とデートできる可能性があるのなら……。俺は、悪魔に魂を売ったって、悔いはしないっ!
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