46 今だけは俺、女の子でよかった!


 生徒会室に入ってきた姉貴が、テーブルの上を見回し、「おや」と首をかしげる。


「体育祭の準備をしているかと思っていたんだが……。勉強会かい?」


「ええ、体育祭の前には中間テストがありますからね。生徒会役員としては生徒の見本にならなくては。悪い点を取るわけにはいきません」


 リオンハルトの言葉に「うきゅ」と可愛いうめき声を上げたのは、このメンバーの中では一番成績が悪いエキューだ。とはいえ、中の上で、赤点にはほど遠いが。


 って、なんかさっきのリオンハルトの台詞、聞き覚えがあるんだが……。


 あっ! あれだ! リオンハルトルートで勉強会に誘われる時の台詞だ!


 ちらりと姉貴を振り返ると、一瞬、にやりと笑みをひらめかせたから、間違いないだろう。


 ん? ってことは、イベントの一つをスルーできたってことか?


 確かリオンハルトルートでは、放課後の図書館で二人っきりでの勉強会だったんだよな。確かそこでも砂糖まみれの台詞を吐かれた気がするけど……。それが回避されたのは不幸中の幸い、か?


「みんな、真面目だね。だが、根を詰めすぎてもよくないだろう。少し休まないかい? おいしい紅茶とケーキを用意したんだよ」


「では、お言葉に甘えていただきます。ありがとうございます」

 リオンハルトが、そつなく笑顔で礼を言う。


「ケーキはいろいろな種類があるからね。好きなものを選んでくれたらよいよ」


 紅茶の準備を始めるシノさんの横で姉貴が笑顔で告げる。ケーキの数は八個……。生徒会役員は七人だから一つ多いけど……。


 読めたぜ! 姉貴め、シノさんの盗撮を禁止されたから、ケーキをダシに自分から混ざりに来やがったな!


「レディファーストでよいね?」


 リオンハルトがディオス達を見回し、ディオス達がこくこくと頷く。それを確認したリオンハルトが俺とイゼリア嬢を振り向いた。


「ハルシエル嬢、イゼリア嬢、先に好きなケーキを選ぶといい」


 すかさず、俺はイゼリア嬢に顔を向ける。

「イゼリア嬢はどのケーキがお好きですか? どうぞ、先に選んでくださいっ」


 ケーキは八個あるが、ガトーショコラに苺のタルト、生クリームがたっぷり添えられたシフォンケーキに、フルーツがたっぷり載った生クリームのケーキ……と、全部種類が違っている。


 姉貴、GJグッジョブだぜ!


 俺、今すっごいどきどきしてる……!

 イゼリア嬢の好物が知れるなんて……っ! 前のお茶会の時は、クッキーくらいしか手をつけてなかったし、イゼリア嬢はどんなケーキが好みなんだろう?


 ここで好みを把握しておけば、後で好物をプレゼントして好感度を上げたりできるかもしれないしなっ!


 勢い込んで進めた俺に、イゼリア嬢はアイスブルーの目をすがめた。


 ああっ、その表情も素敵です! きゅんとくるっ!


「わたくしに遠慮なんてなさらなくてもよろしくてよ? 高級店の洋菓子なんて、下級貴族のハルシエルさんには、食べる機会も少ないでしょうし。いいのよ、我慢なさらなくて」


 おーほっほっ! と笑うイゼリア嬢に、きゅんきゅんと胸がときめく。


 麗しいだけじゃなくて、俺に一番を譲ってくれる優しさと余裕……っ! やっぱりイゼリア嬢は最高に素敵だぜ!


「では、せーので一緒に指をさしませんか? もし重なってしまったら、その時は半分こするということでいかがでしょう?」


 俺は小首をかしげ、微笑みながらイゼリア嬢に提案した。


 ふっふっふ。我ながら、ナイスアイデアだぜ!

 イゼリア嬢とケーキを半分こ――何それ! もし、そんな事態になったら幸せ過ぎる!


 半分こなんて、恋人同士じゃなけりゃ、同性しか使えない技! 今だけは俺、女の子のハルシエルでよかった! 

 後は、イゼリア嬢の好みを推測するだけだ!


 何だろう? やっぱり生クリーム系かな? それともチョコ? あ、でも女子って色んなフルーツが載ってるのも好きだよな……。やっぱりここは、ハズレのない王道の苺か!?


「見くびらないでいただける? わたくし、身分が下の者から無理に奪うほど落ちぶれてなどいませんわ!」


「そんなつもりはありません! ほら、リオンハルト先輩達も待ってらっしゃいますし……」


 アイスブルーの瞳を怒りできらめかせるイゼリア嬢をなだめつつ、「せーの」と声をかける。


 どのケーキも美味しそうで迷いに迷うけど……。よし! 生クリームと苺がたっぷりのタルト! きみに決めた――っ!


 俺はびしっ、と苺のタルトを指さす。


 イゼリア嬢が選んだのは――。

 振りかけられた粉砂糖がレースのように繊細な模様を描く、シンプルなガトーショコラだった。


 くそ――っ! チョコ系だったか――っ! 痛恨のミスっ!


「へ~♪ ハルちゃんは苺のタルトが好きなんだ♪ いかにも女の子って感じで可愛いね~♪」


「そうか、ハルシエルが好きなのは、苺のタルトか……」


 ヴェリアスが身を乗り出し、ディオスがなぜかしみじみと呟く。


 うるさい、ヴェリアス! ケーキも嫌いじゃないけど、俺が好きなのはケーキよりむしろ肉だよっ!


 俺はヴェリアスをスルーして、シノさんからケーキの皿を受け取っているイゼリア嬢を振り向く。


「イゼリア嬢はチョコレートがお好きなんですか!?」


 はっ、いかん。落ち着け俺。推しの好物がわかるチャンスにがっつきすぎだぞ。

 俺の勢いに戸惑いながらも、イゼリア嬢がこくんと頷く。


「そうよ。特にこのお店のガトーショコラは絶品ですの。最高級のカカオから作られたチョコレートは濃厚で芳醇ほうじゅんな味わいで、でもしつこくなくて。口の中でほろりと溶けてゆく絶妙な焼き加減が素晴らしいのよ」


 嬉しそうに語るイゼリア嬢の微笑みに、俺のほうが溶けそうです~~っ!


 やっべ、好きなものを語るイゼリア嬢、超可愛いっ!

 しかもこの語りの熱っぽさ、かなりのチョコレート好きと見た!


 よし! 次、何か機会があったら、高級チョコレートをプレゼントしよう! 後で姉貴かシノさんに、このケーキがどこの店のものなのかも聞いておかなきゃ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る