45 私、本当に感謝しているのです


「私、イゼリア嬢には本当に感謝しているのです」


 真摯しんしな気持ちを込め、リオンハルト達を見回すようにして告げると、なぜか、しん、と沈黙が広い部屋に落ちた。


 ……ん? 下級貴族の娘が、第二王子であるリオンハルトに抗弁するなんて、身の程知らずだと呆れられたんだろうか?


 それなら、それでかまわない。

 ことイゼリア嬢に関する限り、俺は誰であろうと、引く気はないっ!


 ……イゼリア嬢本人は、俺と目が合った途端、怒った顔でぷいっとそっぽを向いちゃったけど。


 いいんだっ! 俺の勝手な自己満足なんだから。まだまだ俺はくじけないっ!


 俺はうつむきそうになる顔を真っ直ぐ上げて、リオンハルトを見つめる。

 ややあって。


「……きみには、負けたよ」


 リオンハルトが仕方なさそうに苦笑する。が、端麗な面輪に浮かぶ表情は、どこか甘い。


「誤解してすまなかったね」


 リオンハルトが俺とイゼリア嬢に軽く頭を下げる。なぜか、ディオス達がざわめいた。


「いえ、別に私に謝っていただく必要は……」

 俺としてはイゼリア嬢にさえ謝ってくれればそれでいい。


「そうですわっ、リオンハルト様! おやめくださいませっ!」

 イゼリア嬢が泡を食ってリオンハルトを押し留める。


「わたくしが誤解されるようなことを口にしたのが悪いのですから!」


「ぶっ! あっはっはっは!」


 不意に響き渡ったのは、ヴェリアスの大笑いだ。


「いや~っ、面白いね! やっぱりハルちゃんはやるなぁ~♪」

 けらけらと笑いながらヴェリアスがリオンハルトを見やる。


「お互い謝ったんだし、この場はここまででいーんじゃないの?」


「では……。勉強会でもするか?」

 微妙な空気をとりなすようにディオスが提案する。


「そうですねっ。僕もそろそろ勉強しなきゃと思いつつ、全然手をつけられていませんし……」


 こくこくと困り顔で追随ついずいしたのはエキューだ。


「大丈夫だ。ふだんの授業をしっかり聞いて、予習と復習をしていれば、テストの心配なんてする必要はない」


「そりゃあ、クレイユはもともと頭がいいから、それで十分なんだろうけど。僕はそうはいかないんだよ」


 淡々と告げたクレイユに、エキューが不満そうに頬を膨らませる。


「僕にとってはなかなかの難関なんだよ? 特に数学とか……」

「いつでも教えてやると言ってるじゃないか」


 ふだんとは打って変わって柔らかな様子でエキューに笑いかけたクレイユが、鞄から教科書やノートを取り出す。


 俺が止める間もなく、なし崩しに勉強会の流れになってしまった。諦めて、俺も鞄から教科書などを取り出す。


 よし! イゼリア嬢の隣に移動して――、


「ハールちゃん♪ どうしたの? わかんないトコがあったら、俺が教えてあげるよ?」


 俺が動くより早く、ヴェリアスが俺の隣の椅子に腰かける。


「大丈夫です! 私は一人で勉強できますから!」

「えーっ、つれないなぁ。そんなこと言わずに、頼ってくれたらいいのにさ♪ オレ、優しく何でも教えちゃうよ?」


 教えてもらうことなんてないっての! 口に出しては言えないけど、俺、高校三年生までの学習終わらせてるからな!? 受験生なめんなっ!? 


 それより邪魔すんなっ! 俺はイゼリア嬢と――、


「ディオス先輩、ここを教えてくださいます?」

 イゼリア嬢が、たまたま隣に座っていたディオスに教科書を見せる。


 あ――っ! ディオス、そこ代われっ! いや代わってくださいお願いしますっ! 頼むからっ!


「へぇ~っ♪ ハルちゃん、ホント頭がいーんだ♪ 応用問題まで全問正解してるじゃん!」


 ヴェリアスが俺のノートを覗き込んで感嘆の声を上げる。

 あっ、ヴェリアス! 勝手に人のノート見んなっ!


「つまり、先日のテストで一位だったのは、偶然ではなく実力だったというわけだな?」


 過敏に反応したクレイユが、切れ長の目で俺を見つめる。


 クレイユ! お前までいちいち反応しなくていいから! お前はエキューの相手だけしてろっ!


「ヴェリアス先輩。私は一人だけの方が集中できて進むんです。ですから、邪魔をしないでください」


 俺は冷やかに告げ、ヴェリアスからノートを取り返すと、数学の教科書を開いて、猛然と問題を解き始める。


 イゼリア嬢と勉強できないんだったら、イケメンどもなんて無視だ無視! 

 ヴェリアスが「え~っ!」と不満そうな声を上げるが視線すら送るもんか!


 そうして三十分ほど勉強したところで。


 こんこん、と生徒会室のドアがノックされた。


「やあ、頑張ってるかね? 陣中見舞いに来たよ」

 にこやかな笑顔で入って来たのはイケメン紳士な理事長――姉貴だった。


 後ろにはティ銀色のワゴンを押すシノさんが控えている。ワゴンの上にはティーセットと何種類ものケーキが載っていた。

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