37 そう言ってもらえると……。すごく、嬉しい。


「みなさんっ! いい加減にしてくださいっ!」


 きぃん、と耳元でエキューの高い声が響く。


 初めて聞くエキューの怒鳴り声に、一瞬、頭が真っ白になる。それは、他の生徒達も同じだったらしく。


 しん……、と、先ほどまでの騒ぎが嘘だったかと思うほど、グラウンドが静まり返る。


「みなさん、落ち着いてくださいっ! 楽しい体育祭を自分達の手でつぶす気ですかっ!? 体育祭の前に怪我なんてしたりしたら、どうするんです!? そもそも、何のためのクラブ対抗リレーですか! こんな風にもめ合っているクラブに入りたいと思う新入生がいるとお思いですか!?」


 水を打ったように静かなグラウンドに、エキューの声だけが明瞭に響く。

 俺が固唾かたずを飲んで見守っていると。


「すまない……」


 俺のそばにいたサッカー部のユニフォームを着た男子生徒が、ぽつり、と謝罪を口にする。

 それを皮切りに、次々と謝罪の波が広がっていく。


「悪かったな」

「いや、こっちこそ、頭に血がのぼってしまって……」

「このせいで体育祭が中止になったら、目も当てられないもんな」

「ほんとほんと、クラスの奴らにもどやしつけられるよ」


「でも、先輩にもひるまずきっぱり注意するなんて、エキューもなかなかやるじゃん」

「うん、ちょっと見直したよ」


「怒ったエキュー君も素敵ですわ……っ!」

「いつもにこにこ笑顔のエキュー君のレアな怒り顔……! ギャップにときめいてしまいますわ……っ!」


 生徒達のざわめきの中、ディオスの凛々しい声が響く。


「この騒動の原因となったクラブの代表者は、事情を聴くので後で生徒会室まで来るように! クラブ対抗リレーの練習日については、後日に延期する! 日程については各クラブの部長を通じて連絡するため、本日は解散っ!」


 ディオスの明朗な声に、集まっていたクラブ員達が、三々五々散っていく。


「あの……。エキュー、君?」


 俺の両肩を掴んで支えた格好のまま黙りこくっているエキューに、俺は首だけ回して振り返り、おずおずと声をかける。


「助けてくれてありがとう。もう、大丈夫だから」


「あっ、ごめん!」

 ぱっ、とエキューが両手を放す。


「エキューくんがあんな風に声を荒げるのを見たのは初めてだったから、びっくりしちゃった」


 俺の言葉にエキューが愛らしい顔を気まずそうにしかめる。


「ごめん。ハルシエルちゃんが突き飛ばされたのを見た途端、思わず……。呆れた、かな?」


 エキューが眉をハの字に下げて俺を見る。その表情はしっぽを垂らした子犬を連想させる。


 ほんっとエキューって、男にしておくのがもったいないくらい可愛いよな……。もう、エキューがヒロインでいいんじゃね?


 けど、さっきのエキューは……。


 俺はふるりとかぶりを振る。

「全然! そんなことないよ! 男らしくて格好よかったよ!」


 にっこり笑って告げると、エキューが安堵したように愛らしい面輪を緩めた。

 まるで、子犬がしっぽを振っているような、嬉しそうな笑顔。


「ほんとっ!? そう言ってもらえると……。すごく、嬉しい」


 はにかんだ笑顔は文句なしに可愛い。まぶしいほどだ。


「その、ごめんね? せっかくディオス先輩と練習していたのに、僕が不甲斐ふがいないせいで、邪魔をしちゃって……」


「そんなこと、気にしないで!」


 むしろ、あの雰囲気を壊してくれたエキューには感謝しかないから!


「ねえ、せっかく来たんだし、何かお手伝いできることはないかしら?」


 ハードル走の練習をしないといけないのはわかっているが、今すぐディオスと二人であの場所に戻るのは勘弁だ。

 俺の申し出に、エキューはとんでもないとばかりに、ぷるぷると首を横に振る。


「そんな、悪いよ!」


「気にしないで。私も生徒会の一員なんだもの。いくら体育部長が主になるといっても、一人では限界があるでしょう? 私にも手伝わせてほしいの」


 「だめ?」と、ねだるように小首をかしげると、エキューも面輪にうっすらと朱が散った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る