36 確かにきみは小悪魔だな
「ハルシエル」
ディオスが甘く響く低い声で俺の名を呼ぶ。
何だ? 何が起こった?
俺、いつフラグを立てたっ!?
両手を放そうとするが、握り返したディオスの手が、俺の手を放してくれない。
何か! 何か言ってこの不穏な雰囲気を壊さねばと、俺は必死で脳みそをフル回転させる。
ぽんっ、と浮かんできたのは生徒会一のトラブルメーカーの顔だ。
「ヴェ……」
「ヴェ?」
俺が上げた声に、ディオスが我に返ったようにいぶかしげに眉を寄せる。
「ヴェリアス先輩はあのまま放っておくんですか?」
「ヴェリアス?」
なぜかディオスの声が不機嫌そうに低くなる。構わず俺は続けた。
「ヴェリアス先輩は、ディオス先輩の爪の垢でも煎じて飲んだらいいと思います! あの人騒がせなところ……。そのうち、生徒会の品位まで疑われるんじゃないでしょうか!?」
さっきまで紳士だったディオスが急変するなんて……。
これはもしや、ヴェリアス菌にでも感染したんじゃなかろうか? ヴェリアス菌、滅すべし!
ディオスがなぜか切なげに目をすがめる。
「ヴェリアスが言う通り、確かにきみは小悪魔だな。人の心を惑わせる。今、ヴェリアスの名は――」
すり、とディオスの大きな手が頬をすべる。濃い緑の瞳に、囚われたように身体が動かない。
「ハルシエ――」
「あっ、ディオス先輩! こんなところにいらっしゃったんですか!」
不意に、ディオスの大きな身体の向こうから聞こえてきた声に、はじかれたようにディオスが俺から飛びすさる。
淡い金色の髪を揺らし、こちらへ駆けてくるのはエキューだった。
エキュー! いいところに来てくれたっ! マジで天使に見えるぜ……っ!
今のエキューなら、金の髪の上に天使の輪っかが浮かんでいても驚かないぜ、俺は!
が、その天使は今にも泣きだしそうな顔をしている。
「ディオス先輩! 助けてくださいっ!」
「どうした!? 何があった?」
ディオスが凛々しい眉をひそめてエキューに問う。俺達のすぐ前まで駆けてきたエキューが、荒い息のまま説明する。
「その……っ! クラブ部員のみなさんが
体育祭の準備しているのは各クラスで選ばれた体育委員と、各運動部の部長達だが、彼らを統括するのは体育部長のエキューだ。今日の放課後は体育祭の打ち合わせをしていたはずだが……。
「いったい何があったんだ!?」
呟きつつ、ディオスが駆けだす。俺もあわててエキューと一緒にディオスの後を追いかける。
一応、これでも俺だって生徒会の一員だ。エキューが困っているのを放っておくわけにはいかない。
「その……」
エキューが走りながら簡単に事情を説明する。
きっかけは、クラブ対抗リレーの打ち合わせだったのだという。
体育祭は、運動系のクラブにとっては、自分の部をアピールする絶好のチャンスだ。文化部もクラブ対抗リレーに出場するが、やはり運動部は気合いの入りようが全然違う。
どの部がどのコースを走るかは、先日、くじびきで決められており、今日はその練習と当日の流れの打ち合わせだったのだが……。
「剣を持って走るフェンシング部が第一コースなのは邪魔だし危なすぎるとか、サッカー部の応援の人数が多すぎてうるさすぎるとか、バトン代わりのボールを投げるのは反則だろうとか、いろんな意見が吹き出して……」
クラブ対抗リレーでは、その部を象徴するものをバトン代わりにしてユニフォームで走るが……。確かに、ボールを投げるのはズルイよな、うん。
「もちろん、僕からも説明したり、話を聞いたりして、場をおさめようとしたんですけれど……」
見た目は女の子のように愛らしいが、中等部でも生徒会役員を務めていたエキューは、見た目以上にしっかりしている。
何より、愛され癒しキャラなので、特に上級生からの人気がすごい。いや、同級生でもすごいけど。
エキューが困っていたら、誰かしらが助けの手を差し伸べると思うんだが……。
「その、見かねた文化部の先輩方が加勢をしてくださったんですけれど、白熱しすぎてしまって……」
運動部の男子生徒が
結果、収拾がつかなくなってしまったらしい。
エキューを
エキューの説明が終わったところで、グラウンドに到着する。
すげえ……。もう色んな生徒が入り乱れて騒いでいて、誰と誰がどう争っているのかまったくわからねぇ……。
もみ合う男子生徒がいたり、
って、ぼけっと見てる場合じゃないな。
俺がぼんやりしているうちに、ディオスがためらいもなく騒動の中へ進んでいく。
「みんな! 落ち着いてくれ!」
ディオスがよく通る声で叫ぶ。
が、あまりに騒がしすぎて、さすがに全員には届かない。気づいたのはディオスのそばにいる生徒達だけだ。
「おいっ! 副会長が来たぜ!」
「やばっ!」
「ディオス様よ!」
「今日も凛々しくて素敵……!」
そんなさざめきを耳にしながら、俺はまだもみ合っている男子生徒の一団に近づく。
「あの、そろそろ落ち着い――」
男子生徒達に声をかけつつ手を伸ばすが。
「ああんっ!?」
ばしりっ、と勢いよく手を振り払われる。
「きゃ……っ」
ふらりとよろめいた身体を支えてくれたのは。
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