27 わたくしのことなど、お気になさらず
すっとんきょうな俺の声に、ディオスもヴェリアスも、シノさんを振り返る。
俺達のやりとりにどう口をはさめばいいか戸惑い顔のエキューの隣で。
シノさんが、膝立ちでビデオカメラを回していた。メイド服のロングスカートの裾が、じゅうたんにふれるのもかまわずに。
「あ、いえ。わたくしのことなど、お気になさらず。さあどうぞ。そのまま続けてくださいませ」
あっ、ハイ。では……って! そんなワケないだろ! シノさんの行動が気になりすぎて、それどころじゃないよっ!
ほらっ、ディオスとヴェリアスも
「シノさん、いったい何して……」
聞きたくない。聞いちゃダメだと、本能が警鐘を鳴らしている。
けど、問わずに流すのもヤバすぎだろ!? 絶対、ロクでもない事態を引き起こすに決まってる!
俺の問いかけに、シノさんはビデオカメラから手を放さぬまま、さらりと答える。
「決まっております。
きりっ、といかにも真面目そうな表情で答えるシノさん。
なるほど、俺達のために……って、だまされるか!
今、バッチリ「萌えの記録」って言ってましたよねっ!? 間違いなく姉貴の差し金だろ!
こんな真面目そうなメイドさんに何をさせてるんだよ、あの姉貴は!
シノさんも、上司だからって姉貴の指示なんかにあっさり従わないで――っ! 盗撮は犯罪だからっ!
まさか、ヴェリアス以上の犯罪者が素知らぬ顔で混ざっていたとは……! 油断できなさすぎだろ!
絶対、姉貴に抗議してやらなきゃ……! っていうか、いい加減、撮るのやめてください!
「シノさん、もう撮る必要はありませんから……。それより、一緒に理事長のところへ行きましょう!」
「ハルシエル様、それには及びません。どうぞお気遣いなく」
シノさんが淡々と答えるが……。気になるから! スルー不可能だから!
っていうか、気遣うのはそっちの方だろ――っ!
「私、理事長にすっごくす――っごく大事な話があったのを思い出しましたわ! ですからシノさん、ぜひ一緒に来てくださいませ! さあっ、お立ちになって! 撮るのはもう、おしまいです!」
俺はディオスから離れると問答無用でシノさんの腕を取り、
◇ ◇ ◇
どんどんどんどんっ!
と乱暴に理事長室のドアをノックした俺は、入室を許可する姉貴の声を待つのももどかしく、扉を開け放つ。
もう片方の手は、強引にここまで引っ張ってきたシノさんの腕を掴んだままだ。
「あら、ハル。どーしたの? シノまで連れて。あ、シノ。いい絵は撮れた?」
足取りも荒く入った俺に、執務机で仕事をしていた姉貴が、のほほんと問うてくる。
俺が掴んでない方のビデオカメラを持ったままの手で、シノさんが器用にぐっ! と親指を立てた。
「はい、もうバッチリです。尊みあふれる絵が撮れました!」
淡々とした口調ながら、いつも冷静沈着な表情しか見せないシノさんが、珍しくドヤ顔をしている。
クールキャラがたまに見せるいつもと違う表情って、ギャップがあって萌え……って、違ぁ――う!
「理事長! シノさんになんてことをさせているんですか!?」
シノさんがいる手前、男言葉で姉貴を罵倒するわけにもいかず、俺はハルシエルの口調で、執務机の姉貴に詰め寄る。
「盗撮なんて犯罪ですよ! 自分の欲望のために、シノさんの手を罪に染めさせるなんて……っ! 最低です!」
きっぱりと言い切った俺は、その勢いのままシノさんを振り返る。
「シノさんもですよ! 嫌なことはちゃんと言わないとダメです! 黙ってたらいいように使われますからね! この人、鬼ですから!」
前世では姉であることを
俺の忠告にシノさんはきょとんとした表情を返す。
あっ。これ、自分がどんな悪いことをさせられたのかすらわかっていないタイプだ。いったい、どんな風に姉貴に言いくるめられたのやら。
俺は元凶を叩くしかないと、再び姉貴に向き直る。
が、姉貴は俺を綺麗に無視して、やたらといい笑顔でシノさんに問うた。
「で? 初めての生BLはどうだった?」
――――は?
呆気に取られる俺をよそに、シノさんがぐっ、とふたたびサムズアップする。これ以上ない満面の笑顔で。
「控えめに言って最高でございました! ハル様を間に挟んでやり合うディオス様とヴェリアス様の素晴らしいこと……っ! ハル様の小悪魔受けの能力の高さにも感服いたしました!」
え? 待って待って待って!
生BLってナニ!? 小悪魔受けってナニ!? そんな能力、俺には装備されてないからっ!
「さすが我が弟! やるわね! あたしの目に狂いはなかった!」
俺、何にもやってないから! 狂いまくってるから! 主に姉貴の脳内がっ!
って……。
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