26 やっぱ、ハルちゃんの相手役はオレねっ!


 金縛りが解けたように身体の自由を取り戻した俺は、一目散にドアに駆け寄った。


「はいはいはいっ! どなたですか!?」


 言いながらがちゃりとドアを開けた先に立っていたのはディオスだ。今は群青色のトレーニングウェアを着ているが、たくましい身体つきによく似合っている。


「ディオス先輩! お待ちしていたんですよ!」


 ろくでもないヴェリアスの防波堤になってくれっ!

 勢い込んで言う俺に、たじろいだようにディオスがわずかに身を引く。


「ん? ディオスってば、どーしたの?」

「ああいや、大したことじゃないんだが、各競技の出場人数の確認をしたくてな」


 答えながら入ってきたディオスが、いくつものキャスター付きのハンガーラックに吊られて持ち込まれた、何十着ものドレスを見て、ぎょっと目を見開く。


 わかる。俺も最初、生徒会室に入った時は、服屋に迷い込んだかと思ったもん。


「ディオス先輩! 応援合戦、私がメインにならなければいけないんでしょうか!? 人望でいうのなら、ディオス先輩が、花組で一番だと思うんですけれど……!」


 俺はここぞとばかりに訴えかける。


 華やかなリオンハルトの陰に隠れがちだが、副会長をしているだけあって、ディオスの人望は高い。

 女子だけでなく、男子でも慕っている者が多いというのが、一番の特徴だろう。


 長身の恵まれた体躯たいく。穏やかで誠実な人柄。もちろん、スポーツは何をやらせても万能だ。


 外部の中学校から入学して一ケ月とちょっとしか経っていない俺よりも、ディオスに奮起を促されたほうが、男子も女子も、絶対やる気になるに違いない。


「えーっ、応援されるなら、男なんかより、可愛い女のコに応援されたほうが、ヤル気になるに決まってるじゃん! ディオスだってそうだろ?」


 ディオスが答えるより先に、ヴェリアスが口をはさむ。


 おいこら、ヴェリアス! 俺はディオスに聞いているんだから、誘導するような問いかけはやめろっ!


「可愛い、女の子……」


 呟いたディオスが、俺に視線を落とした。

 かと思うと、精悍せいかんな面輪をうっすらと赤く染めて視線を逸らす。


 って、やめろ! なんでお前は俺を見るたびに赤面するんだよっ! ヤローがしても、可愛くもなんともないだろっ!?


 これがもしイゼリア嬢だったりしたら、俺だって歓喜するけどさ! イゼリア嬢がうっすらと頬を染めてうつむいたりしたら……。


 ヤバイ。破壊力がバツグンすぎて、想像するだけで鼻血が出そう……っ!


 俺も思わず頬を染めてうつむく。

 と、ヴェリアスが「ふぅ――ん」と低く呟いた。


 かと思うと。


「やっぱ、ハルちゃんの相手役はオレねっ!」

 ヴェリアスが急に、俺をぐいっと抱き寄せる。


「きゃ……っ!」


 不意を突かれてよろめいた身体が、ヴェリアスの腕の中に閉じ込められる。ふわりと漂う、どこかスパイシーなコロンの香り。


「あのっ、放し……!」

「あ~、ハルちゃんって、いい匂いがするよね~♪」


 ぎゃ――っ! くんかくんかすんなっ! この変態っ!


 すんすんと髪にうずめた鼻を鳴らされ、羞恥しゅうちに暴れる。


 ヴェリアスの腕をほどこうと身をよじるが、ハルシエルの腕力では敵わない。と。


「おいっ!?」


 呆気あっけに取られて凍りついていたディオスが、ヴェリアスの腕を掴んだかと思うとねじり上げる。


 腕が緩んだ瞬間、飛び出そうとした俺は、今度はそのまま、力任せにディオスに抱き寄せられた。

 反射的に、広い胸板を包むジャージにしがみつく。


「何をしている!? オルレーヌ嬢が嫌がっているだろう!?」


 そーだそーだ! 人の嫌がることをするなんて最低だ! 鳥肌が立ったぞ、おい!


 こくこく頷いていると、俺を見下ろしたディオスと目が合った。


 その瞬間、ディオスが火傷やけどでもしたように、ばっ、と俺を抱き寄せていた腕を解く。


 精悍せいかんな顔は、赤毛と同じくらい真っ赤だ。


「す、すまん! とっさに……!」

「い、いえ……」


 答えつつ、俺はディオスを盾にしようと、ディオスの背中側に回り込むと、ジャージの裾をぎゅっと握った。


 さしものヴェリアスも、この立派な体躯を回り込むことはできまい!


「オ、オオオオオルレーヌ嬢っ!?」


 ディオスが狼狽うろたえきった声を出すが、黙殺する。


 もうヴェリアスに抱きしめられるなんてごめんだ! とりあえず、ヴェリアスが離れるまで、この盾を手放す気はないぞ!

 今までの反応で、ディオスが比較的安全だっていうのはわかってるからな!


 副会長のディオスなら、ヴェリアスと学年も同じで対等だし、ヴェリオスけにちょうどいい。

 体育祭が終わるまで、たっぷり利用させてもらうぜ!


「オ、オルレーヌ嬢……。その……」


 おろおろと動揺しまくりなディオスが、首をねじって俺を見下ろす。

 ジャージの裾を握ったまま、俺はディオスの濃い緑の瞳を見上げた。


「ディオス先輩なら、ヴェリアス先輩の魔の手から、私を守ってくれますよね?」


「ぐはっ」

 ディオスがボディブローでも食らったかのようによろめく。


 ん? ヴェリアスが殴りでもしたのか?


「ちょっ!? ハルちゃん、いくらなんでもそれはひどくないっ!? このオレをつかまえて「魔の手」だなんてさ!」


 ディオスの長身の向こうから、ヴェリアスが不満そうな声を上げる。が、ディオスの身体に遮られて、表情は見えない。


「魔の手じゃなかったら、犯罪者の方がいいですか?」


「言うねぇ、ハルちゃん」

 姿の見えないヴェリアスの声が低くなる。


 やばっ、ちょっと調子に乗りすぎたか?


 ディオスの背中にすがりついたまま、そろーっ、と向こう側をのぞき。


「――って、シノさん!? 何しているんですか!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る